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    本質的なこと

    教室近況。

    高3生。まもなく12月。いよいよ受験直前追い込みの時期。
    理系難関大を目指しての物理学の授業。


    物理学をやりながら、一方で、小林秀雄と坂口安吾の対談を読んだ感想を熱く語り続ける青年がいる。
    こんなことを新鮮に語るということは、いまも日々、学習をしながら、一方で読み続けているということ。


    ほんとうに優秀な青年には、この時期によく見られる光景。受験物理で物足りなくなって大学水準の本格的理系書を読み始めたり、突然ギリシア神話に凝りはじめたりといった姿を見たこともある。


    受験勉強という形であれ、学習を進めていくことで、おそらく思考力や集中力などを含む総合力のステージが一段上がり、詰めて考えること、本質的にわかることのよろこび、といったものに目覚めていくという姿だと思われる。


    知識を比例的に積み重ねるからここに到達するのではない。


    このことはとても重要なことだと思う。しかしどうしてもそこがわからない指導者や(要望する親たち)がいて、長時間単純反復という機械的詰め込み型学習システムを組んで、本人を取り囲んでしまう。

    私のささやかな役割があるとすれば、私自身を含めた大抵の教え手たちよりも優秀な水準に至りつつある彼らの「発動」の邪魔をしないという点にある、と自覚している。


    「そんなことをしてないで英単語のひとつでも暗記したらどうだ」、といった水準の思考(言葉)とは違う方向もあるのだと、やりとりを通して示すこと。

     大学受験といえば、多くの青年にとって、最後の本格的な試験。貴重な機会でもある。

     たとえその拘束システムによって、大学入試に受かった(ように見える)としても、そこで終わるわけではない今後の人生において、どのような価値があるのか。

     難関大学入学(卒業ですらない)そのものの価値が知れているというのは、難関大学出身者やその実態を知っている人には、十分にわかっていること。

     受かるにしても受かり方がある。

     このことも、とても重要なはず。

     しかし実際には、ここに「商売」が絡んでくるので、事態がみえにくくなる。

     受からせると商売になる、受からせないと商売にならない。
     という連鎖が確固としてあるように見えるから。

    (実は長時間拘束システムの方が対価を高く取れるといういう点も大きな要因。その効果の程がわからずやっているというより、かなり確信的に、稼げるシステムとして組んでいる人も要所にはいる。)

    消費者と請負業者という枠組みなら確かにそうかもしれない。

    しかし時代は確実に変わっていて、そんな水準にのみ価値を感じる人ばかりではなくなっていると思う。


    というよりも、過去を知れば知るほど、この国においては実は一貫して、何が本質的価値であるかを常に考えている人たちも多かったとわかる。

     そもそもこの教室は、そういう人たちが少なくはないと確信して始めた(今もそれは特に変わっていない)のだけど、こういう青年の登場は、あらためてこれで良かったと思わせてくれる。


     
     きっと彼は、最難関大学合格を達成する。だけど、万一、今回そうでなくても、受けるのが難関大学でさえなくても、そのこととは別に、この姿そのもので十分な価値がある。


    そういえば、小林坂口の話と交互になりながらの入り組んだ電磁気回路の話だったけれど、最後に一言。この箇所の話が初めて十分に理解できました、ともらしていた。さすが。

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    学習のタイプ

    大学受験生たちにとって、そろそろ模試のシーズン。中高生にとっては定期試験のシーズンでもある。

    数多くの学生たちに、試験を受けたあとに手ごたえ、をきいてきた。

    返答のタイプはおおよそ3つ。

    実際の結果通りの正確な手ごたえを口にする者と、もうダメ、最悪と結果以上に悲観的観測をするのが口癖になっている者と、そして、根拠不明の自信で、強気の予想をする者。


    2番目のタイプは、自信のなさに対する煙幕であることも多い。3番目のタイプはひどい成績が返ってきたときに、落ち込んでいる姿もよく見られるので、ほんとうにそう信じているのだろう。そういう把握度合だからこそ結果が出ないのだとも思える。

    ただ、どちらのタイプも、実力が上がっていくと、結果と予想の差が減っていくのは面白いところ。


    我々としては、どのタイプがいいかどうかという点には興味がない。それぞれの子がどのタイプであるか。それをもとに、どのように指導やアドヴァイスをすべきかの判断があるだけ。必要以上に悲観して、ペースを落とす子は支え、過剰な自信でさぼり出す子は戒め、といった、日々を続けるのみ。


    そもそもその実力の程は、本人たち以上に我々の方が把握していることが大半なので、かけ離れた予想を申告してきても、それを鵜呑みにすることもない。


    試験に備えた勉強の仕方も同じく3タイプ。

    驚くほど前から、次の定期試験を意識して準備を始める者。試験を終えた直後は次は必ず頑張ると宣言しながら、実際にそうできた例がない者。そしてバランスよく、適度な準備具合で臨める者もやっぱりいいる。

    最初のタイプは親や教師の受けはいいが、(ある意味で定期試験ごときを)過剰に案じるタイプは実際に接すると、決してそんなに着実でもないし、良い結果すら出るわけでもない。むしろその不安定ぶりはなかなか大変なことも多い。人は、不安になるな、と命じても、落ち着けるわけではないので。

    そもそも不安定の理由は、実は、試験などではないことがほとんであるように見える。試験なんていうものは、生きている現実の中では、ごく一部分に過ぎないのだから。

    2番目のタイプは、ほんとうに目先が次々変わっていってしまう。1週間おきに、言うことや、やっていることが違う。積み上げが必要な、学校での学科成績という点で言えば、少なくとも数か月単位で継続しなくては力が上がってこないので、こういうタイプはやはり不利になる。こういう性分だと言ってしまえばそれまでだが、積み上げの成果で競う場合はなんとか克服しなくてはならない。

    こういうタイプは長期戦には向かないので、始めの合図をするタイミングも重要。早すぎると失速するし、遅いと間に合わない。
    「やればできるけど、いつまでもやりはじめない。やり始めても続かない。」というところに分類されるのは、このタイプが多いか。

    人というのは多様なので、実際にはこの枠にきれいに収まるということはない。必要な対応も千差万別。

    我々の力ごときでは及ばないことも多いことは自戒しながら、今日も目の前の子たちに対応する日々が続く。各自と話をしながら、まあ力まず、明るく、着実に。

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    成績上昇

     昨日に続いて本日、2日目実施中。


     高3生たちはよく勉強しています。それに伴い、急激に力も伸びてきています。

     ひとりは朝からうれしそうに、英語がついに9割に達したと報告してくれました。彼は、最初のマーク模試では、200点満点中25点くらいだったのにです。

     25点といえば、間違おうと意識してマークしてもなかなか取ることができない点数。(ちょっとできる中学生なら100点くらい取ってしまう。)その彼が模試とはいえ、トップクラスの点数である180点まで伸びるというのは、そうなかなかあることではないので、さすがに驚きました。




     よく誤解されることですが、勉強時間と成績上昇は比例をしません。

     年末に受験生でも触れましたが、私の経験からいえるのは、伸びる前に、目つきが変わる。受講態度や、取り組む姿勢が変わる。いわば密度が上昇するわけです。


     こういう目つきを獲得した後やや遅れて、その密度水準である程度の期間、取り組むことができた上で、力は急上昇していきます。
     しかもその上昇ペースは、いわば指数関数的な急カーブです。

     

     このような順序やペースで力がついていくことをあまり意識してない教え手や教育現場も実際に多数あります。なおかつ、そういう場ではやっぱりその種の伸びをする生徒がほとんど出てきません。


     やみくもに長時間の授業や補習を組んでも、受け入れる目つきのない子たちは、その時間をただ「流す」ことをおぼえるだけで、ほとんどの内容は抜けていってしまう。

     昨今の学校では長時間補習が流行ですが、そのような指摘のあたる例はあまりにも多く思い当たることでしょう。
     



     指数関数的な急上昇は特にトップクラスの層にはよく見られます。東大や、京大、医学部の受験生がその状態になると、ほんとうにみるみる力が上がっていきます。
     私はそういう事例を具体的にたくさん見ていますので、どういう状態かの判断がつくようになってきました。


     いくつかの指標があるのですが、一番わかりやすいのは質問が変わることです。質問の水準が、内容をわかっていて十分に考えなくては出てこないものとなったとき、私としては手ごたえが出てきます。



     私は新しいクラスで受験生たちを教え始める時に、そのクラスの水準をはかるために、わざとしかけを用意することがあります。講義中に、意識的に論理をとばして説明をするわけです。
     きちんと考えると、そこの説明がとんでいるので、理解がしにくくなり、疑問がわくようにしておくのです。



     きちんと講義をきき、考えるような集団の場合は、その場や終了後に必ず誰かが質問をしにきます。しかし偏差値が高いとみなされているような連中の場合でも、その種の質問をまったくしてこないこともあるのです。


     本質的な力、その後の伸び具合なども、そういう部分から予想がつきますので、それに合わせて講義内容や水準を組み替えます。



     その種の本質的な力がついてない集団の場合に、やみくもに厳しくして長時間やらせるのではなく、まずはその姿勢では変化は訪れないのだというところから始めるべきだと考えています。


     猛勉強と進学実績で有名なある進学校の集団をある場所で教えはじめたとき、最初の授業の後で寄ってきた学生は、まさにその種の進学校特有の雰囲気や発想をもつ青年でした。


     医学部狙ってるんですけど、先生、なんか必殺テクニックみたいのないっすかね、と斜めに構えて、指でも鳴らしかねない態度です。


     こういう誘いにとても喜んで、あれこれあれこれ自慢半分で伝授を始めるような教え手も世の中にはいますが、私はその種の人たちが(同僚としても)どうも昔から苦手で、私自身はその種の要望に応じないことにしています。


     キミがそういう質問をしなくなったら、そういうテクニックもいくらでも教える、と私はこたえました。今どきの子ですから、こういう返答をされるとひどく傷ついて、二度と近づいてこなくなったりするのですが、彼はそれからも毎回顔を出し、その中でいろいろなことを私なりに伝えました。



     先ほども書いたように、たとえば、授業内容についての質問はその子の力を実に正確に反映します。中には質問すること自体が目的になっているような学生もいます。そういうことで、勉強をしっかりしている自分の姿に自己満足をしているようなタイプです。


     われわれは、寄生タイプや渡り鳥タイプと呼んでいますが、その種のタイプの学生は最終的にやはり伸びません。というよりも、むしろ皆が本気になったときについていけずに、一気にはなされてしまうことが多い。


     春になると一年間、真剣になることから逃れ続けるために、自己満足をさせてくれる甘えさせてくれる教え手を探して取りつくが、もちろんやがて現実に否応なしに向き合わされるという顛末になることがしばしばです。そしてしくじれば次の学校で、また違う取りつき相手を探すということになります。



     その種の生徒がしてくる典型的な質問は、計算ミスの指摘です。3+5=9になってましたが、8の間違いじゃないでしょうか、と同程度のもので、もちろん基本的にはこちらのミスですし、指摘に感謝すべきなのでしょうし、実際に感謝もします。
     しかし質問者の意図がそうではない場合には、私はその質問のつまらなさを伝えることにしています。


     この種のミスの場合、別に何を意識するでもなく黙って消して、書き直しておけばいいのであって、ほんとうにできる子たちは気にもとめません。もちろん、確かめになんか来ないわけです。
     そういうものだということを、はっきりと伝えるのです。

     本来ですと、そういうことは文化として、学校で学ばなくてならないことのはずです。その種のつまらない質問をすれば冷笑されるのが、進学校(の学生水準と教え手の水準)というものでしょう。


     しかし、いまやその種の文化伝承が存在しない急造の進学校も確実にあるのです。そういう場合は意識的に教えることも時には必要です。


     そういうやりとりを彼やその周囲の彼らとかわしながら、一年間を過ごしました。一切笑みもこぼさなかった一人は、最後に合格したときは破顔するようにもなっていました。


     最初に質問してきた彼もいまや無事に医学部に通っています。O君、元気にしてるか?


     こんな時期になると、これまでのいろいろな学生たちの様子が思い出されます。 それぞれに頑張っていた姿が。



     目の前のこの高3生たち。正月からだけど、頑張ろう。あと少しだ。






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     H.I.

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    元気

     さて前回からずいぶんと間が空いてしまいました。

     社会的にもいろいろなことがありましたね。それらについては,またどこかで触れることにして,ばの子どもたちは元気です。ますます元気だと言っても良いかもしれません。
     学年を混ぜたクラスもつくった効果があらわれてきました。ともかく仲がよい。


     今日も,はじめて正方形や三角形の形や名称について教わって,楽しみながらも苦労していた小学3年生たち。

     「直角三角角」や「正方四角形」とか連発した後に,この四角形の名称は何でしょうという設問に「三角形」とこたえたりと,関西人としての義務で受けを狙っているのかと思わせるほどの珍答が続きました。しかし3年生たちは笑い転げながらもまじめで必死です。


     そんな中で一人の女の子が詰まって苦しんでいるのを目にすると,横に座っていた小学5年生の男の子がやさしく丁寧に教え始めました。これがなかなかうまい。わたしはひそかに感心しました。

     もちろん他の3年生たちもほうってはおきません。次々と彼に助けを求めます。気前良く,彼は後輩(というより,仲間?)たちの間をまわって教えまわっていました。

     わたしはもちろん,何も口を出さず,黙ってにこにことこの光景を見ているだけです。


     わたしの経験上,このように仲間に頼られて,いやがらずに教えてまわるような子は必ず伸びていきます。

     しかし,このような子でもクラスがこの種の雰囲気や形式の教室でなくては,このように教える経験などはないままに高校までを終えてしまうこともあるわけです。講義室の板書中心授業ではそのような余地はあまりありません。

     しかし,このばでは意識的にこのような経験もさせていこうと考えています。


     やがて高校生くらいになったときには,わたしはほとんど口出しをせずに子どもたちが勝手に進めていくような理想的な場となっていく萌芽が見えはじめてきたように思います。


     わたしがかつて教えていた中に非常によくできるごく少人数のクラスがありました。10人満たないクラスから東大京大に7人進学するという高い能力集団で,先日,春期講座で訪問した京大理学部のT君はそのうちのひとりでした。

     彼はいまだにいがぐり坊主の風体ですが,実は数学などをやらせるとかなりの能力なのです。京大にも数学と理科の高得点の優先枠で入学をしています。

     彼らのクラスでの授業では受験学年だというのに,わたしは内容を教えるための言葉を発する必要はほとんどありませんでした。


     典型的な流れは,まずわたしが前の週の課題について質問はないかとたずねます。ほとんどの場合,彼らは別に大丈夫と答えます。そうするとあとは数学や物理学には関係のない世間話や1週間の互いの報告をぼけつっこみの間合いも絶妙に,快活にやりとりしながら,同時にかなりの高度な今日の課題をこなします。そしてまた次の1週間の課題を与えて,わかれる・・・というものでした。

     もちろんこの段階まで持っていくまでには,彼らの能力でも数年かかっています。


     さきほどのT君には中学のときから関わっていますが,彼の才能は明らかでしたので,表面的なテクニック伝授のようなことはほとんどやらず,内容をきちんと追わせることに専念させました。
     中高一貫の中3時点など,がり勉的な学習をする必要のない時期には彼に,いまは十分遊んでおくようにと伝えました。すると彼はきわめて忠実に,十二分に遊びました。

     高校2年生で東大京大受験の3年生たちに混ぜて,数学や物理の最高ランクの問題を次々解かせていくという「無茶」もやらせましたが,それなりに楽しんでもいましたしこなしてもいました。
     そのような過程をへて,3年生段階での質疑応答は不要というクラスになったわけです。


     わたしは神経質に追い込んで勉強させていくことが個人的にも好みではありません。「人生の負け組みになりたくなかったら頑張れ」といった言葉によって子ども達のやる気や勉強動機を調達する一派に与することはできません。

     快活に笑いながら,時にははしゃぎながら手は着実に動かしていくような場というのは可能なのです。このあたりはそういう場を体験したことのない人にはなかなか想像しにくいのかもしれません。

     しかしこれまでに何度か実現することの出来た,そのような場に,この小学生たちの集団が自然に育っていってくれないかと,あらためて今日の子どもたちのたのしげな交流を見ながら考えていました。


     さてしかしそこまでには,仕込んでおかなくてはならないことがまだまだやまほどにあります。
     そのためにも,このばでは次々と新しい手を打っていくつもりです。


     まずは夏期に先日訪問した,ロボライズによるエッセンス・ダヴィンチコースを特別開講します。
     夏期特別講座です。ロボライズの代表自らが出張講義をしてくれます。これは貴重な機会です。

     かなり本格的な内容ながら,体験中心のとても愉しいものになると思います。

     これについては明日以降にもう一度,詳しく触れます。


     他にも新しい動きを予定しています。近日発表できると思いますので,ご期待を。

    数理言語教室 ば
     H.I.

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    本日開講

     今日,「ば」は,いよいよ開講しました。

     わたしたちにふさわしく,派手な爆竹も花火もなく,とりたてて式典もせず,サッカーの練習帰りの子どもたちが,ごく自然に教室を訪れて,言語(国語)の授業をたっぷりと愉しんで帰りました。
     皆,実に明るく,活発な子たちばかりです。


     何も勉強は「必勝」の鉢巻き姿でする必要はありません。
     しかしいつか来る受験の日にはこの子たちは,決然とした表情で会場に向かうことでしょう。鉢巻きで飾りだてしなくても自ずと伝わる気持ちがそこには込められているはずです。

     実は,今日はさまざまなことが重なった日でもありました。国公立大学の今年の試験の結果もいよいよ出始めたのです。いろいろな報告が届きます。

     そのうちのひとりの学生からは嬉しい結果の報告がありました。
     彼女はついに医学部に合格しました。もう30歳手前です。いわゆる「再受験」でした。

     大学を卒業した後に,どうしても医師になりたいと一念発起して,25を過ぎてから受験勉強を始めたのですが,もちろんかなりの困難を伴いました。
     数年前に,彼女が最初の相談に来たときには,これから長い困難な道のりになることをわたしははっきりと告げました。

     国公立の医学部はその世代の現役のトップが狙うところです。彼らでさえ,かなりの割合で落ちてしまう学部を,すっかり受験勉強から遠ざかってほとんど記憶がなくなっている年代から再勉強して通るのは並大抵の努力では実現できません。

     しかしわたしには,彼女の前にも同様な状況で医学部に合格していった学生を何人か教えた経験がありました。したがって,その道の困難さもかなり正確に予想できましたし,しかし同時に不可能ではないことも実例を通して知っていたのです。

     実例があるというのは彼女にとって希望になるだろうとわたしは考えました。わたしには具体的な手助けはほとんどできないけれど,希望を告げて励ますことはできるだろうし,他にそれをできる者がいないなら,わたしの責務かとも思いました。

     今日,ついに受かるまでに彼女は何度も毎年,落ち続けてきたわけです。そのうちに資金面も苦しくなります。年齢も重ねてくる。同年代は次々と社会でそれなりの地位になっていく。結婚や出産をする友人も増えてきます。自習室は自分の生徒だと言ってもおかしくはない年齢の学生たちばかりである。そもそも自習室を確保することも難しい。
     そういった中で落ちてしまった時の彼女の絶望感はかなりのものだったはずです。
     今年で最後にすると決意して挑んだ昨年に,またも落ちた時には,あきらめかけたというより,一度ははっきりあきらめたこともありました。

     それでもわたしは必ずもう一度挑戦すると言い出すことを確信していました。

     むしろ「鉢巻きを外して」勝負をし始めたときこそ,ここからこそが勝負だと見なしていました。

     ほどなく彼女から,本当に最後の一年にするという前提での決意が告げられました。

     そこからの一年はたくましさも備わり,ある意味で一種のゆとりを感じさせるような状況でした。成績そのものは前年とはさして変わってはいませんでした。模試の判定もそれほど良いわけでもありません。
     しかしある地点を通過して,はっきりと「構え」が異なっていたのがわかりました。したがっていままでなら,しんどい場面ではすこしラクをすれば良いというアドヴァイスをしていたのですが,今年はあえてペースを上げるべきだと叱咤するように対応をかえました。いよいよ勝負をかける時だからです。

     最後の数ヶ月の彼女は見事でした。数年の経験をへて,どの時期にどのようにすれば良いかのペースを自分でつかんでおり,わたしはなにもする必要はありませんでした。そして今日,予想通り,合格したのです。
     自分の力でつかみ取った合格です。

     この困難の数年を乗り切った彼女の姿をわたしは一種の尊敬の念で眺めていました。

     自分の尊敬できる人物に出会えることは,たとえ生徒であっても実に嬉しいことです。

     そして,彼女は苦労を知っていますから,きっと他人の気持ちや弱さもわかる医師になることでしょう。


     前回,「印象」の中ですこし触れた,やりなおしがきく可能性があるとわたしが書いたことの背景には,このような生徒たちとの貴重な出会いがあります。彼らの尊敬に値する努力の姿の具体的な記憶があるわけです。
     
     逆にだからこそ,17や18の最初の受験で,更に一年の受験勉強に耐えられないということだけを理由にして浪人はしたくないといって,それまでの「志望」をあっさりとまったく異なるものに変えてしまう学生に対しては,ほんとうにそれでいいのかと問うてしまうのです。

     このような一種の「ドラマ」は今年もいくつもありました。ここ数日でも続くでしょう。
     機会があればまた追加していきます。
     
     そしてもちろん,これから次々とさまざまな「ドラマ」が生じることはまちがいのない,この「ば」の実況中継もお楽しみに。

     
    数理言語教室 ば
     H.I.
      

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    プロフィール

    数理言語教室 ば

    Author:数理言語教室 ば
     「小学から高校までの12年教育」
    【小1から始めて、集中力、継続力、自発性ある子に】

    ****************

    ■子どもたちは樹の香りのする寺子屋風の教室で、無垢の木の机を囲み、床に座ってのびのびと学習します。

    ■大学受験予備校講師や中学受験指導経験豊富なプロ講師が難関大学突破水準を目指し、12年間をかけて、子ども自身に読ませ、書かせ、考えさせることを徹底するという本来そうあるべき方法で丁寧に指導し結果的に高水準の学力をつけていくことを目指します。

    ■「自分からなかなか始められず、始めても続かない」「親や教師が常に横についていないと、まともに前も向いていられない」といういまどきの手のかかる子ではなく、長期間をかけ、集中力、継続力をつけ、自発的に学習できる子に育てていきます。

    ■設置講座:新小1、2、5、6、中1、3高2。小6年英語。

    ■ベテランプロ講師による医学部東大京大など難関大学、超難関中学受験個人指導、少数限定募集。

    ****************

     高の原駅近くに寺子屋形式の教室を開きます。
     子どもたちが杉の床に座り無垢の一枚板に向かって,たのしみながら,のびのびと学ぶ教室です。

     大学,中学受験のベテランプロ講師が,進学中学高校によらず,東大京大国立医学部など難関大学を目標に,小学1年生から高校3年までの12年間を一貫指導します。

     小手先の受験テクニックの暗記ではなく,長期的視点で「読む」「書く」「聞く」「考える」の基本から丁寧に習得することで,余裕をもって受験も突破するという本来そうあるべき形で学習を進めていきます。

    ※詳しくはお問い合わせください。


    ****************
    石橋英樹 〔「数理」担当〕
    :専門 受験数学,物理学

    大学時代から20年以上を京都で過ごしてきました。

    大学での専攻は天文学。
    科学全般,思想,文学,文化人類学,社会学、映画論など,多くの分野に関心があります。

    超難関大学受験指導経験が20年以上あり、特に京大や国公立私立医学部には多数の生徒を送り込んできました。

    大人数相手の講義から個別指導まで各形式での指導経験豊富。
    大学受験生はもちろん,大学生,社会人,外国人留学生まで様々な指導経験があります。

    京大トップの学生から,全くの0の学力の学生まで,あらゆるレベルの生徒への指導経験多数。

    妻および小学制の娘、息子と暮らしています。

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