02
    1
    2
    4
    5
    6
    7
    8
    9
    10
    11
    12
    13
    14
    15
    17
    18
    19
    20
    21
    22
    23
    24
    25
    26
    27
    28
       

    子どもの読書

    00013.jpg



    この一年、算国授業の最後に、できるだけたくさんの読み聞かせを続けてきてくれた聡美先生。


    その効果が出始めた場面を、私自身がたまたま目撃した経験を前回報告しました。



    こういう試みは親御さんの理解が必要です。


    低学年から何とか算をこなすことや、高学年の漢字を早くも書けるといったことに比べると、目先のわかりやすさに欠けるように見えるからです。

    世の中にはたしかにそのようなことばかりを要求する親御さんがいることは経験上知っています。


    親だけではなく、高校生くらいになると、本人自身がわかりやすい結果に結びつくアドバイスや指導ばかりを要求してくることもしばしばあります。

    どうやったら、簡単に読解力がつきますか?数学の応用問題が解けますか?


    高3くらいにこの質問をされた時に、我々教え手は皆、微妙な表情をせざるをえません。これまでに目撃した、同僚の数学や国語(や英語)の先生方の表情が目に浮かびます。(私もきっと同じ表情をしていたはずですが。)


    方法がないわけではない。しかし時間がかかるし、忍耐も必要。いまの時期にその種の質問をする君に、果たしてその力がつくのか?
    現実問題として、受験に間に合わせられるのか?
    一般的にはそんなに短期の取り組みでは、なかなか難しい。



    そもそもこういう子たちが、長期間に渡って、ここまでに、どういう学習をしてきたのか?小学校はいったい何をやっているんだ?というのが、講師室でしばしば話題になりました。私も興味をもって見てきました。


    たとえば数学について。高校生たちが、最初にどこで躓くかは、決まっています。私には問題まで特定できますが、高校数学の2次関数。場合分けが登場するあたりからです。ある程度、息の長い思考作業の水準になるとまったく手が出なくなる種類の学生たちが実に多いのです。


    しかし彼らは必ずしも「計算」が苦手なわけではありません。中には、むしろ得意だった者もいます。


    何とか計算教室で小学段階で中学数学計算まで進んでいたとか、そろばんでは県で何位の有段者で既に指導者となっているような学生もいました。


    しかし彼らはこの種の問題になると、からっきしだめになります。まず読まない。たとえ読もうとしても読めない。(明解に書いてあるのに、どういう意味か口頭で再度説明してくれという要求もきわめて多い。)読んで作業を始めても、瞬間的に解決できない種類の作業に慣れていないので、手がまともに進まない。などなど。

    高等数学指導経験のある方は同様の場面をご存知でしょう。



    こういう場面をあまりに多数、見ていたために、これは小学まで戻らなくてはいけない。何とか計算教室のような早期の「筋力トレーニング」のようなことではなく、しっかり丁寧に読ませ、考えさせることを徹底しなくてはならないと、考えたわけです。


    10年後の現場を知っているがゆえに、現場に基づく危機感がかなりあったのです。「筋力」は低学年からでなくとも、あとからでもつきます。かつ、それが必ずしも突出しなくても、数学はできるようになるのです。


    たとえば、この教室に私がかつて教えていた東大生や京大生を連れてきて、小学生たちと百ますで対決をさせたことがあります。
    彼らは遅くはなかったが、うちの小学生のトップには負けました。センター数学両方満点とか、数学で入試上位だったために優先合格になったとか、そういう大学生でもです。
    有名高校で数学トップの成績を取ったこの教室の高校生ともやらせたことがありますが、同様の結果でした。一番旬の力を持つ彼にも勝ったのです。小学生にとっては自信がついたでしょうし、ほほえましい出来事だともいえますが、単純作業のスピードとはその程度の意味しか持たないともいえるわけです。


    数学力は計算力と同一ではない。こういう当たり前のことが小学校の現場では、必ずしも浸透していない。だからこの種の「早期筋力トレーニング」に走ってしまい、多少の速さと引き換えに、丁寧に慎重に問題に向かうこと(読むこと、書くこと、考えること、試行錯誤すること)ができなくなってしまう。

    それはむしろ逆効果にさえなってしまいます。(おまけに算数嫌いにまでなってしまっていたらますます逆効果ですが、このケースも実に多い。)

    このあたりは、数学をある程度やりこんだ人なら、共感していただけるのではないでしょうか。



    これは「国語」力(というより、読解力)でも同様だと思います。

    「読解力」にある程度自信のある方ならおわかりの通り、やはりまずは最低限の量を読んでいなくては話になりません。

    しかし、「読解力」がないないと嘆く高校生に読書経験をきくと、ほとんど読んだことがないという答えが多いのです。読書といったら、学校の教科書か、国語の問題集の文章くらいしか経験がないというのも珍しくありません。それで読解力などがつくことが、はたしてありうるのでしょうか?
    まずは読まなくてはならない。しかし高3からでは(受験には)間に合わない。

    その意味では、小学生には、まだまだ時間があるのです。


    その時間の中で優先順位はどうなるのか?早期に漢字習得のみに特化した訓練を続ければ、その子は本を読むようになるのでしょうか?

    幸運にも、読書が好きだという方は、なぜ自分がそのようになったかを考えたら、そこに答えがあるわけではないということは実感されるでしょう。


    以上のようなことも踏まえた上で、この教室では、低学年生たちに、本に接する機会をできるだけ多くつくっていってもらっています。


    読み聞かせの時、子どもたちは実にさまざまなききかたをするそうです。先生をじっと見つめ続ける子や、そっぽを向いているようで実はしっかりときいている子。床にねそべっているような子。先生に抱きついてくる子、・・・



    本日、聡美先生からは、この一年の読み聞かせの報告が届きました。

    00016.jpg


    ***********************************************

     石橋先生、南野先生
     
    こんにちは。今日は雪ですね。子どもたちは喜んでいるでしょうね☆

    この一年間の絵本リスト(今まで ば で紹介した分)を書きました。
    毎回5~10冊程度用意して、雰囲気と時間によって紹介しているところもあるので、ここに書いた分がすべてではありません。思い出せるものだけリストにしました。

    ちなみに、私が絵本を選ぶ際の基準としているのは、絵がきれいなもの(色使いだったり、精密だったりその本によります)。
    絵だけでまずはストーリがわかるもの。

    絵本の表紙をみて、「え?きつね?怖いからいやだ」と言った子も、読み続けるといつの間にか前のめりでお話に聞き入ってしまっている・・・
    ほっこりユーモラスなものを選ぶことも多いです。

    新しいことばとの出会いがある場合には、絵や話の流れから想像し出会ってもらうために、私は言葉の説明をほとんどしません。
    「ごほんぞん」ということばが出てきてわからなくても、次のページにご本尊の絵がある。
    それをみて子どもたち自身でことばに出会ってほしいと思って読んでいます。

    余韻を残し、彼らに想像する時間を持ってもらうため、最後の時間に設定しているので時間により冊数は一定していませんが、なるべく1冊以上は紹介するようにしています。


    <こどもたちの反応>
    おもしろい言葉があれば即真似をして大笑い
    おかしい話には突っ込む!「食べられるわけないやろ!」「なんでやねん!」等
    予想をする「真似するんじゃない?」「次は○番目のお兄さんやない?」
    たくさん笑って、突っ込んで、真剣な顔になって、最後にはほっとする・・・


    ほとんどの子供がじーっと聞きいってくれているのが表情だけでなく息遣いからも伝わってきます。


    新しい言葉を覚えれば繰り返しつぶやいています。


    前の週のお話、ひと月まえのお話、時には半年前に読んだお話の感想や、続きや、関連することを話に来てくれる子もいます。


    これからもなるべく広いジャンルでお話を紹介してゆけたらと思います。




    和田さとみ

    ***********************************************



    読書の価値については、また別の機会に。


    石橋



    ◆◆ 一年生に今までに紹介した絵本(順不同)◆◆

    00015.jpg



    「シナの5人兄弟」クレール・H・ビショップ
    「ロバのシルベスターとまほうの小石」ウィリアム・スタイグ
    「ずいとんさん」日本昔話
    「くつがあったら何をする?」ビアトリス・シェンクドゥレニエ、モーリスセンダック
    「きつねのホイティ」シビル・ウエッタシンハ
    「ミシュカ」マリイ・コルモン
    「ペレのあたらしいふく」エルサ・ベスコフ
    「ギルガメシュ王物語」古代メソポタミアのお話
    「へんなおにぎり」長新太
    「つきよ」長新太
    「おどる12人のおひめさま」グリム童話
    「ぼくにげちゃうよ」マーガレット・ワイズ・ブラウン
    「おやすみなさいおつきさま」マーガレット・ワイズ・ブラウン
    「よるくま」酒井駒子
    「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」バージニアリーバートン
    「王様と9人の兄弟」中国民話
    「まあちゃんのながいかみ」高楼ほうこ
    「ちいさいおうち」バージニア・リーバートン
    「おしいれの冒険」
    「だるまちゃんとてんぐちゃん」
    「おちゃのじかんにきたトラ」ジュディスカー
    「ちょろりんの素敵なセーター」
    「こいぬがうまれるよ」ジョアンナ・コール
    「ごろごろにゃん」長新太
    「金曜日の砂糖ちゃん」酒井駒子
    「おこだでませんように」
    「12の月たち」
    「サラダでげんき」長新太
    「めっきらもっきらどおんどん」
    「ことばのこばこ」
    「ムッシュムニエルのサーカス」
    「おしゃべりなたまごやき」
    「元気なマドレーヌ」ルドウィヒベーメルマンス
    「ロージーのおさんぽ」ハッチンス
    「おさるとぼうしうり」エズフィール スロボドキーナ
    「100万匹のねこ」ワンダガアグ
    「100万回生きたねこ」佐野洋子
    「ぞうくんのさんぽ」
    「ぼちぼちいこか」
    「三匹のやぎのがらがらどん」北欧民話
    「もりのなか」マリーホールエッツ
    「わたしのワンピース」

    00014.jpg



     ばへのリンク→数理言語教室 ば
    スポンサーサイト

    体験授業開始

     体験授業がはじまりました。まずは新小学一年生。(いまは、まだ年長さんたち!)


     開始から10分もたたないのに、教室からは、ゲラゲラという笑い声が。何度も。さすが、M先生。これまで難関中学進学塾でも、大学受験予備校でも、体験講座といえば、まっさきに声のかかる実力は健在。


     そういえば、この教室が始まった年の、体験授業の時は、なんと親御さんにも参加していただき、同じ作文メニューに挑戦していただくようなこともありました。子どもたち以上に(?)、かなり楽しんでいただいたことを思い出します。


     子どもたちは、ほんとうに楽しいときには、ゲラゲラと笑うのをあらためて実感。猫をなでながら、のどに手をあてたときに、ほんとうにごろごろと鳴っていることと同じようなリアリティです。


     この笑い声をいかに絶やさず、これからやっていけるか。それがこの教室の優先項目です。


     しばしば誤解されることですが、「勉強」はけわしい顔をしてやる必要はありません。しかしそういう方針で取り組む場や、教え手によって、けわしい顔で(監視されながら)やるという習慣づけをされてしまうことが、早期教育の弊害の中でも、筆頭のものでしょう。


     それは,親や先生の前だけで、アリバイづくりのように、机に向かうふりをする子たちにつながっていくのではないか、とわたしたちは考えます。


     机に向かったまま、目はうつろに手遊びをずっと続けている「異様」な(ある意味ではその子にとって当然の適応の)姿を見せる子は珍しくありません。


     どうして子どもたちはこのように適応してしまったのか。早期教育の度合いが足りなかったのか?それともまさにその種の方針こそがこの姿にしてしまったのか。


     しかも、このような時間を「流す」癖が一旦付いてしまったあとに、やり直すのはなかなか難しくなります。



     明るくやっていったからといって、学習が「非効率」になるわけではありません。何かを現在も続けている、始めている方なら実感するとおり、むしろ楽しみながらやれることは、単純な「効率」という意味でもいいのは明らかです。


     問題はめりはりのつけかたになるはずです。楽しみながらも同時に真剣な顔で取り組むことができるか。しかも真剣なふりではなく、いかにほんとうに集中して取り組めるかがポイントになります。
     しかしこれは大人にもなかなか難しい。
     年を重ねてからそうできるようになるというのは、ますます難しいとも言えると思います。


     だからこそ、その案配というか、リズムをみにつけるということを早期教育では優先すべきではないかと、わたしたちは考えています。


     何とか算を半年早くとか、アルファベットをいくつか書けるように、などといったことは、すぐに追いつけますし、追い抜かれもします。
     

     (早期)計算特化訓練ばかりしてきた子たちが、高校数学の論理段階(あるいは中学の証明問題段階)でつまずくことは実に多く見られます。
     小学生で中学数学や高校の微分までできるようになっていたのに、とかこぼす数学苦手組はよくいるのです。(高校の微分計算などは単なる数操作なので、たしかに小学生でも可能でしょう。しかしそれと「微分」がわかっているかは、まったく別問題。)

     実際にはすでに小学生段階でも、計算は多少速いけど、文章(応用)問題はさっぱりという形であらわれていることにお気づきの人も多いでしょう。



     このあたりの優先順位の混乱の原因は、「商売」の思惑もからんでいるので、実に難しいところです。しかし我々は中学生や高校生のつまずきの現場をたくさん見ていますから、この教室ではなるべく順位をまちがえないようにやっていけたらと考えているのです。




     ところで、親がそこにどのように、どの程度かめばいいか(離れればいいか)の間合いは悩みどころでしょう。


     そのあたりは、また次の機会に。







     ばへのリンク→数理言語教室 ば

    theme : 学習塾の様子
    genre : 学校・教育

    「あー楽しかった!」

     「あー楽しかった!」

     こども教室体験講座を受けた娘の第一声です。こちらが感想を聞く前にあふれ出すような調子で話し始めてくれました。その日は帰宅後もずっとその話ばかり。パズルもしたし、カードもしたし、「先生とたくさんお話をしていたら、もう5時になっててん。」
     宿題も出してもらってん。はやく帰ってやろうね、はやくね。とほんとうにうれしそう。彼女には「宿題」がたのしいものとして印象付いたようです。
     この教室では初の女性のS先生。さすがでした。娘はすっかり虜になってしまっている。
     教室主宰として、かつ親としても、ほっとしました。 


     当教室の体験講座が始まっています。小学校一年生と、年長組のこども教室。

     一年生の体験講座はベテランのM先生。あっという間に子どもたちのこころをつかんでしまっていました。この様子は、当日ご参加の子のお母様にブログで紹介していただいています。「もうすぐ1年生」
     「帰ってきたノートやプリントは、宝物のように、家で誰にも触らせません。」
     このような子どもの様子は、とてもうれしいことです。この年代から始めることにして良かったと思いました。



     わたしたちの教室は、この3月から「小学1年生から12年間教育」を受け持つ場となります。

     なぜ早くから開始することにしたのか。それは少しでもはやく知識の詰め込みをしようという意図ではありません。

     実はいまの時代、「早期教育」と呼ばれるものが既にすっかり浸透をしていて、流通する情報を元に熱心な親御さんたちがあれこれの教室に幼い子どもたちを通わせています。小学校3年生くらいになると、既にどこかの教室に通っていて、そこで出された宿題を毎日泣きながらやらされ続けて、すっかり算数嫌いになってしまっているような例が何人も見られました。
     それに困り果てたり、何かおかしいと疑問を感じた結果、小3になってからうちにご入会いただくということだったのです。


     このような子たちにとって「勉強=苦痛=できれば逃げ出したいこと。」「宿題=横でしかり続ける母」のような連想になってしまっているのではないでしょうか。
     一度こうなってしまった子どもは、これの「外し」から始めなくてはなりません。
     これをしないと、母や先生たちが常にお尻を叩き続けなくては決して自分から始めようとしない中高生が仕上がってしまいます。
     親だってほんとうはいつまでも尻を叩き続けることなんてしたくないはずです。
     なのに、なぜ中高生にもなった子どもの尻を自分が叩いているのか?そう考えている中高生の親は多いでしょう。


     中高生たちの親が自分の子どもたちのどういう部分にもっともいらだつか。なんとか算、かんとか算ができないことではありません。数学や国語などの点数や成績が悪いことそのものでもありません。
     それでは何にいらだつのか?

     成績が悪いことそのものではなく、そうであるにもかかわらず一日中だらだらとしていること。いよいよ頑張らなくてはならない局面で、がんばりがきかないこと。あれこれあれこれ逃げ口上ばかり並べて真っ正面から取り組まないこと。
     このような怠惰な姿勢や「やる気」の欠如にもっともいらだつのです。


     私がこれまで接してきた例では、どんなに成績がわるくてもその子なりに懸命に取り組んでいる姿を知っていれば、それについては最終的に受け入れ、認める親がほとんどでした。
     この子の実力はこんなところなのだろう。だけど、一生懸命に取り組めてはいる。こういうことができるなら、将来もこの子なりの生き方をしていけるだろうし、それを認めてくれる人や場はあるだろう。
     実際に、おそらく将来どういう職場にいこうと、そのような姿はかならず見ている人がいることでしょう。
     その逆に、表面上どう取り繕うとも逃げの姿勢や怠惰な姿勢が専らである人はやはりしっかりと見られているはずです。

     今年のはじめに新年で触れたのもそういう話でした。



     しかし原点に立ち返って、そもそもなぜそんなことになってしまったのか。その子の本質が「怠惰」だから仕方なかったのか?
     おそらくそうではない、と私は思います。

     では親が小さい頃にもっと叱らなかったからでしょうか。
     これもおそらく違うでしょう。

     もっと親が時間をかけて子どもの面倒を見なくてはならなかったのでしょうか?
     これも違っているどころか、逆でさえあると思います。むしろ今時の親が子どもの「学習」に関わらなくてはならない度合いは異常です。しかも親が望んでそうしているのではなく、学校や塾にそのように要請されている中でしつけられてしまっているのが実態ではないでしょうか。

     子どもの小学校の宿題を親が事実上ほとんどかわりにやってしまっているというケースは現実には多いでしょう。学校(や塾)の先生と親が課題のやりとりをしている姿がはたしてまともなのか。それで子どもに力がつくならば、まだやる価値もあるでしょうが、このやりとりの中でどうして子どもに力がつくのか?実は親も加担して「ダメ」にしてしまっているとしたら?


     しかもその帰結が、さきほどの「自分からは何事も始められない、たとえ始めたとしても続かない中高生(社会人)」だとしたら?


     私にはいま流行である早期教育の(「商売」の)形式の多くは、結果としてより早期からそこへつながるルートを開拓しているように見えてしまいます。
     


     最初はどこから始めるべきか。完全なマニュアルはありません。しかし順番を間違えるとそのあとが難しくなるのは確実でしょう。
     どういう順番で考えていくべきか。

     まず、子どもたちにノートやチョークや教室や勉強や先生がわくわくとする存在であるとして印象づけること。なんだか知らないけど宿題ってたのしいものなんだと認識してもらうこと。

     当然ですが、最初幼児や低学年の間には親御さんにも宿題の段取りなどは手伝ってもらうことは必要でしょう。しかし数年をかけて、勉強や宿題のやりとりを「われわれ教え手-親-子」から「われわれと子ども」との二者の直接のやりとりに徐々に移行していきます。このあたりは、親御さんとの連携プレーが必要です。当然子どもによっても差があり、その場その場での細かい判断が必要になりますから、マニュアル方式ではうまくいきません。


     幼児や低学年の間にうまく移行ができれば、親が学習に直接関わる度合いも減るでしょう。親子間で教えるべきもっと大事なことはいくらでもあります。いらつかずにもすむでしょう。

     われわれの指示によって、子どもが自主的に学習をするようになれば、われわれとしても本格的に内容を教え始めることができます。もちろん、長期の中でだらけたり意欲が減退する時期も当然あります。しかしそれはそれで時にはさぼりを見逃したり、時には叱ったりと、ぼちぼちと付き合っていくことになります。

     そして高校3年生になるまでの間には、われわれすら放っておいても、子どもが自主的にするようにもっていくというのが、目標です。この水準になると、内容すらもほとんど教える必要がなくなります。そうするとおおまかな指示とペース取りが主要な役割になるわけです。
     こうなると、親も教師もそして何より本人がラクになります。
     おのずと成績は勝手に伸びていくということになるでしょう。


     これはそういう種類の子どもを見たことのない人(親だけではなく先生という業種の人も)にはなかなか信じられないようですが、実際にいます。しかもやはりそういう子が出やすい場と、そうでない場がはっきりとあるのです。
     私はこれまでいろいろな場所で教えながら、この子がここではなく、ああいう場にいればすごく伸びただろうと思える場面がしばしばありました。私ともここでなくあちらで出会っていれば、もっとこの子を伸ばせただろうという場面もです。

     その意味で、なんとかこの場が、多くの子どもたちがそういう成長をしてくれるところになってほしい、と考えています。


     そのような思い、見通しで、今回、幼児や新小1を始めます。

     12年(+α)という時間をかけることで、あまり無理をさせず、明るく快活に過ごしながら、そこへ向けて育てる環境はより整えていけるのではないか。私自身も実にたのしみです。


     
     娘は帰宅するなり、宿題をひろげて一心にやっていました。パパは見んといてね。と、遠ざけられました。しばらくして完成したプリントを持ってきて、来週S先生に報告することをワクワク楽しみにしている様子。
     S先生、来週もまた盛りだくさんの内容を企画しているようです。



     体験授業はそれぞれあと一回。新小一は

      2月20日(日)11:00-12:00
      
     になります。お気軽にお申し込みください。
     
     こども教室(木曜16時-17時)をご希望の方は、内容その他についてお問い合わせください。


     来週、23日水曜日には、英語の体験授業もあります。こちらもお気軽にお申し込みを。

     英会話入門「ママさん(一般)英語」 13:00-14:00(60分)

     プロ養成英語 14:30-15:30(60分)(現英語の先生、通訳、や将来志望している方など対象)

     新中1英語 18:50-20:20(90分) (内部生対象)

     新高3難関大学水準英語(90分) 20:40-22:10 




     

     ばへのリンク→数理言語教室 ば
     H.I.

    theme : 幼児教育
    genre : 学校・教育

    カテゴリ

    最新記事

    プロフィール

    数理言語教室 ば

    Author:数理言語教室 ば
     「小学から高校までの12年教育」
    【小1から始めて、集中力、継続力、自発性ある子に】

    ****************

    ■子どもたちは樹の香りのする寺子屋風の教室で、無垢の木の机を囲み、床に座ってのびのびと学習します。

    ■大学受験予備校講師や中学受験指導経験豊富なプロ講師が難関大学突破水準を目指し、12年間をかけて、子ども自身に読ませ、書かせ、考えさせることを徹底するという本来そうあるべき方法で丁寧に指導し結果的に高水準の学力をつけていくことを目指します。

    ■「自分からなかなか始められず、始めても続かない」「親や教師が常に横についていないと、まともに前も向いていられない」といういまどきの手のかかる子ではなく、長期間をかけ、集中力、継続力をつけ、自発的に学習できる子に育てていきます。

    ■設置講座:新小1、2、5、6、中1、3高2。小6年英語。

    ■ベテランプロ講師による医学部東大京大など難関大学、超難関中学受験個人指導、少数限定募集。

    ****************

     高の原駅近くに寺子屋形式の教室を開きます。
     子どもたちが杉の床に座り無垢の一枚板に向かって,たのしみながら,のびのびと学ぶ教室です。

     大学,中学受験のベテランプロ講師が,進学中学高校によらず,東大京大国立医学部など難関大学を目標に,小学1年生から高校3年までの12年間を一貫指導します。

     小手先の受験テクニックの暗記ではなく,長期的視点で「読む」「書く」「聞く」「考える」の基本から丁寧に習得することで,余裕をもって受験も突破するという本来そうあるべき形で学習を進めていきます。

    ※詳しくはお問い合わせください。


    ****************

    南野和俊〔代表「言語」担当〕
    :専門 受験国語

    難関中学,高校受験対策指導のベテラン。

    小学生の国語力を戦略的に着実につけていく指導で人気を博する。これまで関西の有名難関中学に数多くの教え子たちがいます。
    一方で大学受験生の指導も長く,多い。

    東京の超難関有名中高校を卒業後,大学では法学を専攻し,有名銀行での社会人の経験もあります。

    カメラから鉄道まで博覧強記。洋酒をこよなく愛し,パイプのコレクターでもあり,アメリカやイタリアのパイプ作家たちとも親交があります。

    石橋英樹 〔「数理」担当〕
    :専門 受験数学,物理学

    大学時代から20年以上を京都で過ごしてきました。

    大学での専攻は天文学。
    科学全般,思想,文学,文化人類学,社会学、映画論など,多くの分野に関心があります。

    超難関大学受験指導経験が20年以上あり、特に京大や国公立私立医学部には多数の生徒を送り込んできました。

    大人数相手の講義から個別指導まで各形式での指導経験豊富。
    大学受験生はもちろん,大学生,社会人,外国人留学生まで様々な指導経験があります。

    京大トップの学生から,全くの0の学力の学生まで,あらゆるレベルの生徒への指導経験多数。

    妻およびまだ幼い娘、息子、そして猫と暮らしています。

    月別アーカイブ

    リンク

    最新コメント

    日本文学100選

    Twitter on FC2

    RSSリンクの表示

    Twitter on FC2

    淡々と百人一首

      メールフォーム

      名前:
      メール:
      件名:
      本文:

      QRコード

      QR

      フリーエリア