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    「飛翔する勇女」

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    将来は空飛ぶ自転車をつくりたい。

    その夢をずっと語り続けて、工学部に見事に合格した、生徒。
    大学入学後は、ハンググライダーで週末ごとに砂丘合宿です。
    やればやるほどはまっていくのだとか。

    飛翔前の写真が届きました。この空を舞うのは、それは気持ちいいことでしょう。

    以下の文章は、昨年の新聞のコラムで載せていただいたものです。

    実は、この時のモデルとなったのが彼女です。まさにこの通りの道に進んいってくれています。

    そしてこの春からはうちの教室の講師陣に加わってくれます。

    膨大なメモを書き込んだミニノートの厚い束をどっさり抱えて質問に来る迫力は忘れられません。
    あの熱意でがんばってもらいます。

    乞うご期待!

    ************************************************************************

    【あらためて大切なこと】

    「10時間はいけるようになった、かな」

     受験生にとって勝負の夏。伝統ある進学校に通う高3生が、ある瞬間にふともらした言葉です。

     独りで机にむかうことができるようになった時間数の報告でした。

     部活を引退するほんのひと月前までは、陸上短距離で次々勝ち残っていったために、学習時間の方が思うように取れないと悩み、いら立ち続けていたのが嘘(うそ)のようです。

     「もうちょっとしたら、12時間でも、いける、かな」。力みなく言うのが彼女の芸風。

     彼女がそう言うならば実際にその通りなのでしょう。そこには虚勢も誤魔化(ごまか)しもありません。同様の姿勢で、取り組んだからこそ陸上でも成績を残せたのだと思います。「学習」でもこれから同様に結果が出ることでしょう。

     表面上、10時間以上の学習時間があるという例は今どき珍しくありません。しかし学校や親からの強制も無く、しかも他惑星を浮遊せずに、実質10時間取り組めているかとなると話は別です。進学校でもこれができている子は少ないでしょう。(座っている割に勉強になっていないという相談をこれまでにどれほどたくさん受けてきたことか)。

     逃げ腰にならず、まっすぐに、目の前の作業に打ち込むこと。これを毎日、独力で、長時間できるようになれば、たいていのことは成し遂げられるのではないかと思います。

     青少年段階の教育に、もしも「目標」を設けるとするなら、まさにここにポイントがあるのではないかと私は考えます。この打ち込み方を習得することができれば、適性に応じ、学問を選んでもいいし、職人になっても、スポーツ選手になってもそれぞれの現場で活躍をすることでしょう。

     しかし「高学歴」や「国際人養成」といった水準の「広報」用語を目標として設定してしまえば、長時間強制詰め込みの中で、受動的特性を強化され、着想力や生命力、そして「少年時代」や「家庭」までをも奪われていく顛末(てんまつ)になりかねません。それは社会や国力といった意味においても致命的なはずです。

     ところで、ある種の「覚悟」をもって真摯(しんし)に取り組み始めた子が見せる、共通な表情があります。崇高な、とでも呼べる表情です。

     私はこの表情がたまらなく好きで、だからこそこの職業を続けられているのだと思います。

     こういう表情を得た子は、見えていないところでの動きも信じることができます。実際に裏でも手抜きをしないでしょう。当然ながら、社会に出ても信頼され、尊敬され、おのずと実績もあげていくことでしょう。

     畢竟(ひっきょう)、育てる側の役割の核心とは、この表情に至らせることにあるのではないかとさえ思います。では、具体的にどのように?

     残念ながら、ここで紙数は尽きました。続きはまだまだありますが、それはまたいつかどこかで!

     (いしばし・ひでき 京都府木津川市)





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    theme : 学習塾の様子
    genre : 学校・教育

    新年度

     怒涛の2か月。

     センター試験。中学受験、私立高校受験、公立高校受験、私立大受験、医学部受験、と続き、昨日国公立受験前期が終了。合格と不合格。卒業と入学。各ステップの出口と入り口の光景。まだまだ3月も受験は続く。


     それぞれの子の、各場面の迎え方はさまざま。ほんとうに多様。あえて追加すれば、各場面での「親子」としての迎え方、あるいは更に「家族」での迎え方も。



     そういえば、「この受験を成功しなくては、自分の人生が変わるんです。」といった、迫り方をする高校生とのやりとりがすっかり減ってしまった。医学部を除いては、ここまで易化した大学受験。そういう位置づけではなくなったのか。もしくはこれに限らず、そういう発想や迫力をもつ若者の消失ということか。


     教室は来週から新年度。5年目を終え、基礎部分は何とか整ってきた。もう一段、厚みを増すことを狙い、「読む」ことをテーマに新企画を準備中。目の前のこの子たち。この教室から送り出す日はまだ先だが、そこまでにわれわれのやることはたくさん。


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    theme : 学習塾の様子
    genre : 学校・教育

    「魂」に関わること

     あ、もうこんな時間だ。いつの間に。

     先日のヒロさんのご訪問。ヒロさんには子どもたちに、アーティストというのは「魂」に関わることをする仕事だと正面から語っていただいた。

     あれから、3週間。迫る受験本番と、来年度以降の準備で多忙を増す日常を過ごしながら、ずっと考え続けている。

     「魂」という言葉を私自身が使うことはないけれど、しかし私の文脈に引きつけていえば、この場=ばを始めるにあたって、できるだけ「原理的」な水準に戻って、考えていこうとしたのに対応するのかな、と。

     特定の宗教や流行の思想のような文脈からは離れて、自由さを希求するという点においても共通しているか。
     (原理的に、離れられるかどうかといった議論は、別にして。)

     かといって、こういう部分は、うちの教室で日常やっていることに、あんまり直接には表れていないだろう。
     われわれも、もう若くもないので、さして力みもないし、自分たちの身の丈も知っているので、結果的にほどほどの按配になっているのは、むしろ良いバランス点か。
     何よりこれまで実に多くの子どもたちとの現実的接触の経験を持っているので、現実的というか、現場的な判断をするのが基本線になっている。

     一方で、やっぱり考えていないと、あっという間に、劣化、というか弛緩して、こういうバランスも崩れてしまうだろう。

     当初から考えていたポイントの5年目をこえる、来年以降のこの場での「方針」を再検討している。

     しかし「方針」を定めるには、やはり結局はどういう「目標」でいくかというものが分けるポイントになる。これについての言葉の質はやっぱり決定的に重要。

     それを十分に磨かないまま、国際人になるために英語の時間数がどうであるとか、ゆとりだ、詰め込みだといった議論を始めても、それに見合った結論しか出てこないと思う。

     しかしではどうすべきか?どういう言葉がありうるのか?

     国や学校を一方的に批判ばかりしている同年代も多いが、さて、では自分が提案し、中身を組める立場になったとしたらどうする?どういう言葉を提示できるのか。

     この教室を開く前の、集まりでそういう話をしたことがあった。そのことは常に意識してきた。

     それまでの経験に加え、この教室での5年近くの日々と自分自身の親としての経験からは実に多くのことを得た。

     そのうえで、教育を「教育」の範囲だけで考えるのは、やっぱり無理があるというのが、あらためてわかった。せめて、「子どもの成長へのかかわり」といった視点への変更が必要。

     となると他の要素も含めていかなくてはならない。思考手順の「解放」も必要になる。
    これは容易なことではない。
      私の手に余る部分も多い。

     しかしまあ、私なりに、ポイントになりそうな箇所は、出そろってきたようにも思う。

    (このあたり、筆不精と相談しながら、順次、ご披露していかなくては。イベント日誌と化している、ブログ更新をしなくては。子どもたちとの毎日も、独り占めするにはもったいないネタがほんとうにたくさんある。)

     ただ、最終結論を急いだりすることはしない。急くことも、肩の力を入れ過ぎることもなく、教室の現場では、これから、ぼちぼちと採用していこうかとは考えている。


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    幸せの離乳食

     今年から講師陣に加わっていただいているM先生。この春に長男がうまれたばかり。ようやく離乳食が始まったころか。

    離乳食


     曜日の兼ね合いで私は頻繁には会えないのだが、昨夜は会うことができた。
    久しぶり、というあいさつの後、早速、問うてみた。幸せですか?


     幸せです!という即答と、にまあと満面の笑みの後、子どもの話が延々と始まる。途切れることがない。
     そういえば、英語の練習問題で、うちの○○たろう君は世界一可愛い、というのも使っているというのも生徒には調査済み。



     そういえば、うちの子が生まれた時に私が驚いたのは、あまりにも皆がうれしそうに祝福してくれることだった。いまだに皆さんの「喜んでくれぶり」は記憶に残っている。

     その後に子どもが成長していく中で、なるほどたしかにこれは祝福しがいのあることだと、実感した。



     というわけで、M先生。あ、早く子どもの顔を見に帰らねばということに気づいたところで、ようやく話が終わった。今回は子どもの写メを見せてくれなかったけれど、不完全燃焼ではなかっただろうか?

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    彩々

     もうすぐ新年度。
     この一年もいろんなことがありました。


     たくさんの場面の中から写真の残っているものを、いくつか紹介します。
     

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     多面体折り紙できた!



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     オカリナ講座。最後はみんなに披露。お迎えのお母さんお父さんにも。



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     お正月はやっぱり百人一首。小1,2生たち燃えました。



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     授業中に歯がとれちゃった。最後の乳歯!




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     工作得意な、G君のすべて手作りクリップアート。設計も自分で。おまけに実際にクリップとしても、使える!



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     今日から新しいテキスト。今回も、「美しい」ノートを作りましょう。



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     「今朝うちのおじいちゃんが採ってきたばっかりの、枝豆。先生たち、食べて食べて!」いつもいろいろありがとうございます。



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     いつも教室の整備で協力していただいている、Nさん。孫のような教室の子どもたちのために、お手玉を手作りしてくれました。こんなにいっぱい!



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     小1担当のO先生の趣味は、料理。しかも自然な素材にこだわった本格的なもの。われわれ、健康に気遣う世代の講師陣は、時々、お弁当をつくってもらってます。


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     たとえば、この日は、

    ・白菜と厚揚げの甘辛味噌丼

    ・大根と椎茸のステーキ

    ・ワカメと水菜のサラダ 柚子胡椒風味

    ・胡桃餅

    ・三ッ葉としょうがの即席スープ(マグカップに具を入れ、お湯を注いで食べます。)


     今日も美味しかったです!



     以上、ほんの一部をご紹介。


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    新年

     新年あけましておめでとうございます。

     こうして新たな一年を無事に迎えることができたという価値が毎年、増していっているように思えるのは、私自身の年齢のせいもあるのか、この教室の一年一年を振り返るからなのか。おそらく両方なのでしょう。


     昨年もこの同じ時期に祝新年で、宣言をした通り、

     一年間奇をてらったようなことをせず。
     それぞれのペースではあっても自分自身で読ませ。
     書かせ。
     考えさせる。

    ということを続けてきました。


     しかもそれを丁寧に、粘り強く繰り返すことで、周囲からお尻をたたかれなくとも、自分から積極的に取り組むようになる姿を、いつの間にか実現すること。

     それを特に意識して取り組み、実際に成果を得た一年でした。

     何人もの子に実際に変化があらわれた、その様子はまたここでもご報告します。



     国や世界としては、激動の年でした。あらためて、何が本当に大切な価値なのかを実感させられる一年でもありました。
     しかし一方、このような不安定で不確定な毎日の中では、お手軽な「一発解決」を売りにする商売や政治が出てくるのは周知のことです。

     実際に一発解決ができることと、一発解決ができると自称することは、まるで異なるはずです。しかし不安の中でその相違が見えにくくなることもあるのが、人間というものなのでしょう。


     威勢のいい、調子のいい言動へのしばしのよろめきから覚めることができたとして、あらためてどのようなスタンスを取るべきなのか。特に子どもたちには、どのように構えるべきなのか。



     私自身も子育ての真っ最中で迷うことだらけです。しかし教えることへのこれまでの経験を通して、お手軽で威勢のいい言動の方向には「解決策」はないということは知っています。こういう激動期こそ、どっしりと構えて、長期を見据え、優先順位を間違わないことが重要なことだと考えます。


     地味で、単調だが、子ども時代にしておかなくてはならないことは確実にあります。それはたとえば世に広まっている「早期教育」の現場でなされている内容とは必ずしも一致していない。

     

     このような時代の一年だからこそ、うちの教室ではあらためて今年もまた、

     それぞれのペースではあっても自分自身で読ませ、
     書かせ、
     考えさせ、
     そして自ら取り組むようにさせる。

     ということを肩に力を入れ過ぎることなく、ゆったりとしたペースで続けていこうと思います。



     さて子どもたち、今年はどういうお正月だったのか。元気な顔に会うのが楽しみです。

    玄関





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    新年度

     多くのことがありました。

     一週間前まであったいくつもの町が、いまやなくなってしまうという出来事。万を超える人たちの生が失われ、さらに増えていくだろうこと。今夜も避難した場所で眠りについているたくさんの家族や子どもたちがいるという事実。さらにいまこの瞬間にも前線で命をかけて、職務を果たしているプロの方たちもいます。
     そのひとつひとつが悲劇と呼ぶにはあまりにもリアルな現実です。しかも現在進行形の。
     
     何事をしながらも、皆の視線は遠く、表情はどことなく気高い。このような時だからこそ、それぞれの日常もまもっていかなくてはならない。一方でいまだからこそできること、語り得ることもあるでしょう。
     私たちは私たちの領分で、ここ数日、いまだからこそますます価値を帯びるだろうことにも注力しました。また近々、いくつかをご紹介できることでしょう。

     それにしても、新しくお預かりした子たちも含め、あらためて、この目の前の子どもたちのかけがえのなさというものを強く感じました。



     当教室はこの3月から、新しい年度を迎えました。新しいスタッフも何人か加わっていただきました。機会があるごとに紹介をしていきますが、いずれも優秀なだけではない人たちです。

     場というのはそこに関わる人によって、決定的に質が変わります。しかもその人材がその場にどのような姿勢で関わるかというのも重要な要素です。私はこれまで多くの場に関わった経験からそのことを痛感しています。その意味で、ここに関わっていただいている人たちは表に出てきてない方でも実に魅力的で、かつ信頼できる方だらけで、おまけに見えていないところでもお互いのために一生懸命にやってくれる。

     3年目を迎え、内側もそのような場になり得ていることにほんとうに安堵と感謝をしています。


     今回のような大きな経験を前に考えざるを得ないことですが、子どもたちにはこの先に実にいろいろなことがあります。災害だけではありません。人間関係にも悩むでしょうし、ちょっとしたいたずら心を起こすようなこともあるでしょう。性の問題も当然に通過しなくてはなりません。

     そういったあれこれの時に、親はすでに会話相手、相談相手にならない場合が多いのが現実です。そのときその子の周囲に相談できるまともな大人がいるかどうか。これはその場に子どもを通わせるにあたってかなり大きな要素だと思います。

     その意味では、先生だけではなく、バイトで関わってくれている大学生も、裏方の人も、子どもたちが誰に話を聞きにいっても信頼して任せられるという場であることは、安心もできるし誇れることだろうと、感じます。




     ところで、私はこれまで多くの場で「経営者」や「実質的リーダー」という位置の人物たちと付き合いがありました。表の打ち出しとは別に、裏にまわると悩んでいる人が多かったと思います。なぜ「従業員」たちは十分な働きをしてくれないのか。所詮はうちの会社の規模では優秀な人材は集まらないのか。
     分析した(してもらった)結果、足りないのは「研修」だという結論になって、「従業員」たちは、長い研修を受けさせられ、レポートを書かされるというような場所もありました。しかしこれまでそれをさせられた立場の人はその効果のほどを知っていることでしょう。なおかつ、そのような結論を出す経営者や会社に対し、本音の評価はあがるのか下がるのか。自主的なやる気は出るのか削がれるのか。それも経験しているはずです。
     そしてスタッフはいつここから抜け出そうかということばかりを考えだす。

     何か大事なポイントが抜けているわけです。しかしそれが何であるかはついにわからない経営者もいます。根本的にスタッフを信用していないという本音をもらす人もいました。
     しかし信用をされていないスタッフが信用に足る働きを持続的にしようとはたして考えるのか。もしもいたとしてそういう人物はその場に長くとどまるのか。

     そしてこれがもしも「教育」を標榜する会社だとしたら、はたして実際の「教育」だけは全体でまともに実行できるのでしょうか。子どものやる気だけは自主的に引き出せるのか。
     
     とはいえ、実際の現場では優秀で子ども思いの先生やスタッフもたくさんいることも知っています。そういう人たちは内部でまさにいま、そのような問題点を感じている人もいることでしょう。不本意ながらいまのような形で日々を過ごしているという人も多いでしょう。 
     そういう人たちにも何かヒントを与えられないか。

     わたしたちの将来的な課題でもあります。



     さて若きN先生、年の近いお姉さん役、または姉御役でこれから活躍してくれることでしょう。釣りバカ日誌はどうしたという声も上がっている中、筆無精の我々に代わって早速ブログにも参加してくれました。
     彼女の更新頻度がこれからもっとも増えるはずです。



     明日の一日が少しでも良い方向に進展すれば良いのですが。


                                             ー祈りをこめて…

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    theme : 子供の教育
    genre : 学校・教育

    祝新年

     新年あけましておめでとうございます。


     周囲の皆様のおかげで、また新しい年を無事に迎えることができました。子どもたちは、また一年、それぞれのペースで成長をしました。

     教室内に笑顔が絶えないのがうれしい。そして、一旦集中を始めた時の真剣な表情とのメリハリのつけかたが頼もしい。

     相変わらず教室内に樹の薫りは満ちています。子どもたちが、いつかこの教室を思い浮かべるときに、きっとこの薫りをともに想起するに違いありません。



     先の見えにくい時代です。必ずしも明るい展望をもつこともできません。


     そんな、いまこの時に、わたしたちの子どもたちへの構え方はやっぱり今年も同じです。


     先をあせった妙な促成栽培的な上滑りの知識の植え付けに終始するのではなく、きちんと読み、聞き、書き、そして自分の頭で考えるという姿勢(能力)を自然に身につけさせること。それを長期にわたって、丁寧に繰り返させることで、高度なことにも独力で取り組めるようにすること。

     しかも周囲からお尻を常にたたき続けなくとも、小言を言い続けなくとも自主的にこなせるようにすること。


     目立ちませんが、これらは大きな差となる力、しかもなるべく早期に身につけておくべき力だと思います。



     あなたが経営者ならどういう社員が欲しいか。同僚としては?上司としては?どのような人物が社会の現場では実際に評価されているのか?逆にどのような新入社員に手を焼いているか?
     社会に出ている方は身にしみていると思います。


     あなたが親なら、子どもたちのどういう面にもっとも困っているか。自分と教師がタッグを組んで、両側から常にがみがみと言い続けないとまともに机に座っていられない子どもたちの毎日毎時刻の管理に消耗し、いらいらしているのはなぜなのか。子どもたちが結局なにができないからそうなるのか。
     子どもを持つ方は、やはり実感しているのではないでしょうか。


     そこから逆のぼって考えた時に、将来要求されるのは、小さいころに何とか算が多少上手であったとか、半年早く身につけたとかではないのは、明白でしょう。


     
     さて明日からは,今年の授業が順次開始されます。

     
     雪の正月の風景はどんなものだったのか。子どもたちの報告が楽しみです。


     どうぞ今年もよろしくお願いします。




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    genre : その他

    一年

     しばらく空いてしまいました。

     この間,もちろん日々は止まっていたわけではなく,実にさまざまな出来事がありました。数々の感動的なことも,子どもたちを巡る印象深いことも,個人的な苦いこともありました。ひとつひとつ挙げていくだけで,ここは長文で埋まってしまうことでしょう。
     しかしそれはいつか機会を見つけて,振り返る必要があるときに振り返っていくことにします。


     ここでは,あえて何気ない最近の風景を点描しておきましょう。



     タッタンタ,タッタンタ,タン。タンタッタ・・・
     それほど広くもない室内で,4歳の娘がスキップもどきの動きで進んでいます。実にうれしそうに,飽くこともなく続けている。
     もちろん,それを見つけた2歳の息子は,懸命にそこに加わろうとしますが,しかしスキップにはなりません。だけどうれしい。ともかくうれしいわけです。二人は追いかけあいながら,笑い転げている。


     わずか,ここからそこまでの移動でさえ,スキップをせずにはいられないような魂たちには‘生きる’ということはどのように感じられているのでしょうか。そしてまた‘世界’というものはどのように予感されているのでしょう。

     そこには一種の「肯定感」を読み取ることができる。そしてそれはとても大切な土台だと思います。


     なおかつ,多くの青年たちからはそれが失われてしまっている。親や教師の悩む‘やる気’の低下とはまさにそこに起因している可能性が高い。



     このブログを書き始めたのは,ほぼ一年前。春からの立ち上げに向けての準備からでした。


     われわれ自身もあまり力まずゆったりとした構えで,長期を見据えて子どもたちを育てていくということ。これがわたしたちの考えていた,基本的なスタイルです。


     今回新しい年度のパンフを作成するために,改めて自分たちの掲げた基本方針や,内容を見直してみました。この一年の実際の運営を踏まえた上でも,細かな時間の更新を除いては,ほとんどいじる必要がありませんでした。必要があると判断すれば,大胆な変更も辞さないつもりではいるのですが,現段階では不要でした。


     わたしたちの,この「ば」では3月から多くの新しい子どもたちが加わります。彼ら彼女たちに対しても同様な長期的構えで,これから相対していきたいと思います。新メンバーを加えてますますこの教室も活気が増すことでしょう。楽しみです。


     学校でも社会でも場合によっては家庭でさえも削がれ続けてきた肯定感を,更に削ぐ戦略に加担するのではなく,むしろできるだけそれを残し育てていく場にしたい。


    さていよいよ明日からはこの教室も2年目に入ります。M先生も準備に大わらわ。もしかすると緊張している初めての子もいるかもしれません。でもだいじょうぶ。すぐに慣れることでしょう。


     新年度の様子はまたここで報告をしていきます。お楽しみに。


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    theme : 雑記
    genre : その他

    新年

     新年あけましておめでとうございます。


     昨年の春に,この教室を開いてから、初めての正月です。

     -そういえば,この手の表現は子の成長のときによくいわれれましたし,わたし自身も感じました。同様の感慨がこの教室に関しても,わいてきます。


     この場をともにつくってくれている生徒たちはもちろんその保護者の方々,周辺の方々のおかげで,無事に新しい年を迎えることができました。

     今年も,初心を忘れず,奇をてらわず,わたしたちにふさわしいスタイル,構え方でじっくりと進めていくつもりです。
     もちろん昨年以上に内容を充実させていこうと考えています。
     具体的な内容につきましては,またここでも,ばのホームページの方でも発表をしていきますので,ご期待を。


     子どもたちは昨年の一年で実に成長をしました。今年もそれぞれのペースで成長をしていくことでしょう。

     それに対して,わたしたちは,妙な促成や無理な誘導をせず,将来のためのしっかりとした土台づくりのサポート役をつとめることを第一としていきたいと考えています。
     

     さて明日からは,今年の授業が開始されます。

     どうぞ今年もよろしくお願いします。
     


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    1週間

     さてあっという間に1週間がたってしまいました。

     この1週間,子どもたちはとても楽しんでくれました。こちらが予想した以上に,最初の日からすっかりここになじんでくれたのです。

     1週間を過ごしてみて,あらためて思うのは,やっぱり心地の良い場だということです。

     やわらかな木の床に座るということは,そしてこの無垢板の手触りというのは,心をやわらげます。
     小学生たちは,予想通り,間違ったーと叫んでは寝転び,できたーとはしゃいでは床をすべります。ひとやすみの時は,机にほおをすりあてて,なにやらうっとりなごんでいる様子。

     実は,わたしたちが多少案じていたこともありました。この「ば」では小学生たちも授業は1コマ90分です。それが2コマ続くこともあります。これは学校にくらべると,ずいぶん長く感じるかもしれません。特に小学校3年生にとっては,苦痛にならないかと心配だったのです。

     しかしそれはまったくの杞憂でした。

     彼らは,最初の日から90分でも,180分でも見事にやりきったのです。
     ここには大人数の学校や塾のように「逃げ場」はありません。常にわたしたちはひとりひとりに目配りをしているからです。
     先生と生徒が,管理する者と管理される者の関係性の中での場合は,これはなかなか辛い状況であることは想像していただけると思います。しかしわたしたちには,「管理」する気なんて,はなからありません。

     彼らを常に見ていながらあえて見ず,見ないでいながら見るという間合いで対しているからです。こういう場ではおのずとそういう向き合い方になるともいえます。
     彼らは床をすべり回ってもいい。奇声をあげてくれてもかまいません。一滑りし,叫んだ後は,また机にすーと戻ってきて一気に転換して次の問題に真剣に集中して取り組む。
     充実した場では,これが可能になるのです。
     そしてこういう雰囲気になれば,長時間を長い苦痛の時間とは感じなくなるのです。したがって集中力がもつわけです。

     これはそういう場を経験したことがある人でなくては,わからない感覚かも知れません。

     わたしたちは,ここをつくるにあたって,こういう雰囲気にどうやってもっていこうかと,それをなによりも優先して考えました。もしかすると,しばらく時間がかかるかも知れないと考えてもいたのです。
     しかし何ともあっさり,そのような雰囲気になりつつあります。

     これは,今回,わたしたちの考えに共鳴くださり,信頼もして預けてくださった親御さんたちの支えがあってこそのことだとほんとうに思います。
     皆さん,このような他にはなかなかないコンセプトの教室をのぞいてくださって,この教室に座っていただいてそれを感知していただいていたのでしょうか。

     小学生たちは,おそらく学校でならば,数日分(もしかすると1週間以上分)に相当するような分量のプリントを楽しげにこなして,帰っていきました。帰宅後には,ソファでそのまま熟睡してしまった子もいたそうです。きっと充実感があったと思います。

     もちろん,これからだれる時期もあることでしょう。あってもいいのです。わたしたちは意識的にあれこれ寄り道もさせます。そんなことをしながらも,わたしたちの芯がぶれなければ,やがてこういう密度の長時間も楽々と長期にわたってこなすようになることでしょう。そうすればあとは,おのずと力はついていくし,着実に成長していくのは間違いありません。


     それにしても,思ったのは,わたしたち自身も実にたのしかったということです。

     これはとても良いことにちがいない。 

     というわけで,明日からもまた新しい日々はつづきます。

    数理言語教室 ば
     H.I.

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    印象

     すべての体験授業が昨日までにひととおり終了しました。受講していただいた皆様には御礼を申し上げます。

     生徒さんたちのおかげもあり,雰囲気はどれも明るく,活発なものでした。
     そして,わたしたちにとっても愉しい,心地よい時間となりました。

     他のいわゆる「塾」というものとは,根本的発想も雰囲気もずいぶんと異なる場ではありますが,とても気に入っていただけたようで,わたしたちも自分たちの信じた方向が間違いではなかったのだと改めて思うことができました。
     多くの親御さんにも,この教室に入っていただき,この床に座っていただきました。そして子どもたちが実際にどのような雰囲気で学ぶことができるのかを実感していただきました。
     こういう場所にこそ通わせたいと思うと賛同してくださる言葉を,ほんとうにありがたいと思いました。そして同時に,そのような想いも含めて子どもたちをお預かりする責任も感じました。

     とはいえ,しかし力を抜いて,ゆったりと構えて愉しみながらやっていこうと思います。おふざけもまじえるでしょう。わたしたちのいい加減な部分も時期に伝わることでしょう。営業抜きに,ほんとうに彼らのことを思いやっているかも含めて,いろいろな意味でごまかしはきかなくなる。長期を付き合うというのはそういうことです。

     もちろん,子どもたちの側も同様です。何度言っても,必ず決まって5分遅刻してくる子はいることでしょう。忘れてはいけないものリストそのものを平気で忘れて帰る子も出てきます。

     まあしかし,お互いに「欠点」を抱えながら,それでも充実した場はつくることはできるはずです。

     欠点や欠如は場の充実具合とは,比例などしないのですから。


     開講は来週からです。

     教室が一杯の人数になるまでは,募集を続けますので,どうぞお気軽にお問い合わせください。どうぞ一度この教室をのぞいてみてください。


     この数週間,多くの親御さんと話をさせていただきました。
     そこで特に印象に残ったことが,2つありました。

     1つ目は,みなさん,子どもたちのことを本当に真剣に思いやっているということ。
     そして2つ目は,だからこそどうしたら良いのかを迷いに迷っていらっしゃるということです。


     この場合,前提条件として,子育てはやり直しがきかないということがあります。しくじったと思っても,もう一度「過去にもどること」はできないのです。
    (実はその前提条件は外せる可能性はあります。どの時点からであれ,「やり直す」「再挑戦する」という手もあるからです。しかしこれについては別の機会に譲りましょう。)

      あるお母さんは言われました。しくじらないためには,「結局,わたしはどのように今から子どもをしつけていけば良いのか」と。
      もちろん,わたしたちにも確実な答えはありません。
     
     しかし確実にいえることもある。
     それは,たとえば百マスが流行れば百マスを。フィンランド式が流行ればフィンランド式で。といった発想では対処できない事態が必ずおとずれるということです。
     なぜなら,人間はそんなに単純ではないからです。

     
     まさに,この「人間はそんなに単純ではない」ということがポイントのひとつではないでしょうか。

     これが,わかっている場かそうでないか。

     これはかなり決定的な判断の材料になると思います。

     これについてもまたいつか先を書く機会があるでしょう。 
     
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    水たまり

     いよいよ内装の工事も一通り終わりました。これから備品を順次搬入していくことになります。

     机もひとつずつ運び込まれてくることになります。先日,ほぼ完成した大きな無垢板の机に触れたのですが,なんともいえない心地よさがありました。その机の作業を手伝っている当教室に入る予定の小学生は思わずほおずりをしていました。その気持ちは良くわかります。スチール机に対してはこのような気持ちはなかなか起きないでしょう。

     こういう具体的な「肌触り」というのは,とても大切なことだと思います。こういう肌触りの中でなら人は「荒れた」心情にはなりにくいのではないでしょうか。わたしたちの「ば」にふさわしい,白いやわらかい木肌だと感じました。
     
     そういえば,ずいぶん昔のわたし自身も子どものころに読んで,印象に残った言葉があります。

     「子ども達が水たまりを避けて通れない理由を,いつか科学が解明してくれる日がくるのだろうか。」

     何で読んだかは記憶にないのですが,子どもたちのやまれぬ衝動を鮮やかにスケッチしている言葉だと感じます。科学に対する揶揄の含まれ具合の加減も良く,それで記憶に残ったのだと思います。

     人にとって肌触り,触感,衝動なども含まれる,広い言い方をすれば「生理」感覚というのは重要です。青年期の苦悩の半分以上は,自分のこの「生理」との折り合いをつけるための苦闘に起因するといっても大げさではないように思います。自分の「身体」が自分自身の思うようにならない感覚,もどかしさというのは,実はけっこう多くの人が体験したことがあるのではないでしょうか。
     これは突っ込んで検討していくと,とても興味深い論点が次々とでてきますが,これもまたいつか。

     いずれにせよ,「疾風怒濤」の時期をすごしていく場として,このような木のぬくもりとやわらかさは,きっと支えのひとつなることでしょう。そのあたりの光景は始まったあとに,また実況中継をしていきたいと思います。

     さて明日から徐々に子どもたちを迎える場の準備をしていかないと。


    数理言語教室 ば
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    場のありよう 2

     昨日と今日の二日にわたって,大学入試センター試験が行われています。生徒たちはそれぞれさまざまな思いをもって,受験に臨んでいます。
     
     結局,試験会場では独りで問題に向かわなくてはなりません。教師も親も横に座ることはできないのです。そこでは誰もヒントを与えてはくれませんし,ミスも訂正はしてくれない。
     そのような条件でも,力を発揮できるように,何年もの準備を続けてくるのです。わたしたちは常にこの場面を想定しながら,この日に安心して会場に送り出せることを目指して,日々を積み重ねていくわけです。

     いまはひとりひとりが自分の持つ力を十分に発揮してくることを信じ,待つだけです。


     さて,前回の続き。
     
     2つ目の体験です。

     こちらも10年以上続いている,主に浪人生を対象にした場所でのことです。
     わたしはこれまで,同僚には恵まれてきました。実は予備校のような業界では,「稼ぎ」にきているような人物も少なくないですし,(冗談のようですが)同僚の悪口を授業中に生徒に対して言い合ったりするような予備校もあります。講師の集まりでは金儲けの話ばかりに終始するような講師を集めた学校もあります。

     一方で人格的にも尊敬できる人たちもたしかにいて,そこはそのような人格実力ともにそなえた人ばかりがそろった貴重な場所でした。そういう人たちは真面目ですから,生徒の実力を真正面から本気で伸ばしにいくようなやり方で教えていました。実際に,普通の場所ではとても相手にはされないような生徒が,力をつけて医学部に通っていったりもしていました。運営側もうちは生徒で商売はしないということを広言してやっているという珍しい場所だったのですが,この種の取り組み方は「経営」的には効率が悪いわけです。

     ある年に,そういう状況を「改善」しようと新興の教育産業と提携を試みます。次々と規模を拡大していくビジネススタイルで急成長を狙う流行りの株式会社で,その提案でクラス編成は効率の良いものに一変し,授業の半分はあちらが送り込んできた講師が受け持つという事態になるのです。
     それでもその年度の生徒は春から互いに仲も良く,常に笑い合って声をかけあっているという雰囲気でしたので,わたしたちは一安心でした。

     しかし途中で雰囲気が変わるのです。まず「いじめ」が発生します。特定の生徒に対し,無視したり,集中的に嘲ったり,授業中に悪口を書いた紙をまわしあったり,のけ者にしたりといったことが起きます。しかしわたしたちはしばらく気づきませんでした。なぜなら,そのような振る舞いは,特定の授業中におきていたからです。

     これを教えてくれたのは,古くからいる同僚でしたが,彼女も生徒からの相談で初めて知ったということでした。その後でいろいろと様子を調べると,そのようなことが起きているのは,見事なほどに新しく入ってきた先生たちの時間内のみでした。考えてみれば,少人数の授業中にたとえば紙を回し合うことを気づかないというのはよっぽどのことです。

     彼らは彼らなりに自分たちの行為にうしろめたさがあり,そのような自分の姿を見せてもいい相手と見せることにためらいを感じる相手とを無意識に分けていたものだと思われます。

     それを知った後に,わたしたちはフォローに入りますが,元々は仲の良かった生徒間にも次々と亀裂が入り最後にはお互いがほとんど口をきかない状態で一年を終えていきました。これまでの10年以上の中で初めての出来事でした。場がくずれるとはこういうことなのだと実感した一年でした。

     この年度の生徒たちが悪質だったとは,まったく思えません。きれい事ではなく,いつもの年度の生徒たちと客観的にくらべても,ひとりひとりはとても気のいい生徒でした。もっと問題を抱えた生徒はこれまでにもたくさんいたのです。しかしそのような生徒も,これまでは笑顔で卒業をしていき,今でも時折顔を見せてくれます。この年度の生徒たちも,それ以前の場で迎えてていれば,このようなことにはならなかったのは確実です。

     そもそも受験生活とはストレスがたまりやすく,発散する方法も限られてきます。大なり小なりストレスの発散はしなくてはなりません。したがって,すこし間違えばこのような発現の仕方をしてしまうのは理解できることです。その発現の具体的な仕方を決めるのは,まさに「場の質」です。

     まともな場が成立していないところではお互いの良質な関係もつくることが困難だということは,学校に限らず,会社でも地域でもそして家族でも一般的に感じることではないでしょうか。
     場が成立をしていないところでは会話も困難です。互いに言葉尻をとらえ,言質を取り合って,言った言わないを繰り返す・・・このようなことを経験した人はだれもがその不毛さを知っているでしょう。
     そのような場面の頻発が示すのは,会話の中身の妥当性ではなく,場の劣化です。

     そこで冒頭の問いを別の形でやり直します。
     『教師が授業中に不適当な発言をするのは問題か。』
    「問題」であるかどうかは,実はそれほど問題ではありません。そんなことよりも,そのようなことが「問題」となってしまう場そのもののありかたが重要なのだと思います。
     場が成立していれば,そもそもこのようなやり取りにはならないはずです。そして,そこに商売目当てのマスコミが便乗してくることにもならないでしょう。

     わたしたちのこの「ば」では,このことを十分に意識しようと思います。その意味も含めて「ば」と名付けたのです。


     さて,センター試験。皆が無事に今日の一日を乗り切ってきてくれると良いのですが。


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    場のありよう

    新聞報道で,学校教師の授業中の問題発言が取り上げられるようになったのはいつごろからでしょうか。おそらくいまのような文脈(形式)で,問題視されるようになったのは,それほど古くからのことではないと思います。

     片言隻句を取り上げて,そこだけを新聞報道すれば,「立派」な記事となり,読者もそれはひどいと憤慨をする。すなわち,それで「商売」が成り立ってしまうわけです。

     不思議なことに,この種の報道は,テレビではそれほど取り上げられません。新聞は真実を報道し,テレビではそれほどでもないということは,もちろんありえません。単にテレビ報道はもっと別の種類の映像的な要素が必要だからということだと思います。要するに,「商売」になりにくいのでしょう。
     
     「片言隻句」をまず取り上げて,前後の文脈抜きに報道し,それで喚起した世論を材料にして,逆に発言者を締め上げていくという,この構造的には簡単な手法は,政治家への報道でよく使われて,われわれにもなじみのものです。

     そのような政治家の発言を読んで,「だから日本の政治はダメなのだ」と人々は茶の間や職場で言い合うことによって,一種のカタルシスを得る。マスコミとしてはそれで「商売」になるわけです。この場合は映像もあることが多いので,テレビでもよくやります。
     この種の「商売道具」として使われるのに,政治家は適当な対象なのでしょう。
     (なおかつ,この構造を十分に認識していて,それを追い落としの手法として,効果的に用いている人々もいるのでしょう。)

     しかしこのような手法を教師や教育現場に安易に適用すべきでしょうか。

    これについて考えるとき,わたしには思い出される体験が2つあります。

    ある所で,現役中学高校生を教えていたときです。わたしはその集団の特徴を端的に示すのは,そこのリーダーに対して,社員や講師が裏でどのように言い合っているかということだと考えていますが,その場所ではリーダーの評判が良いとは言えなかった。

    わたしは,非常に優秀で人格的にも生徒たちから愛されている英語の先生と二人で組んで,主にまわしていました。そこは教室としては分館で離れてやっていたこともあり,業務発想の「管理」が行き届かず,事実上「治外法権」のような独自領域となっていました。それもあってか,生徒達は自分のホームのようにのびのびと明るく過ごしていました。

    あるとき,本館の教室の不足という事情で,こちらでも本館側と混成で出入りがあるようになりました。それはもちろん,構いません。しかしそれからしばらくして金銭の盗難が発生するのです。英語の先生の財布から現金が一度だけでなく,数度もなくなるということが起きるのです。授業中は不在になる講師室に置き去りにされたカバンの中の財布でした。

    もちろん,これを「問題視」して取り上げた場合,非はすべてこの先生にあります。鍵もついてない場所に財布を放置するのは,その人のセキュリティに対しての認識が甘いからに過ぎないし,同情の余地はない。新聞記事的にまとめれば,そのようになるでしょう。事実,表沙汰にはなりませんでした。

    ただそれまでの10年以上を同様な「セキュリティ意識」で過ごしてきて,その種の話は一度もなかったのです。逆にそれこそが貴重なことであったのだとそのときに実感しました。おそらく互いに対し,そのような抜き取りを起こすような発想そのものが起きない,思いも付かないという場だったのだと思い,印象に残ったのです。

    この話しには続きがあります。義務ではありますから,一応,このような話しも上には報告します。もちろん,恥ずかしながらという文脈だったと思います。その結果,どうなったかといえば,監視カメラが付いたのです。各教室と,廊下と。
    それから数年して,この場は閉鎖になります。

    つづきは,また明日以降に。

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    プロフィール

    数理言語教室 ば

    Author:数理言語教室 ば
     「小学から高校までの12年教育」
    【小1から始めて、集中力、継続力、自発性ある子に】

    ****************

    ■子どもたちは樹の香りのする寺子屋風の教室で、無垢の木の机を囲み、床に座ってのびのびと学習します。

    ■大学受験予備校講師や中学受験指導経験豊富なプロ講師が難関大学突破水準を目指し、12年間をかけて、子ども自身に読ませ、書かせ、考えさせることを徹底するという本来そうあるべき方法で丁寧に指導し結果的に高水準の学力をつけていくことを目指します。

    ■「自分からなかなか始められず、始めても続かない」「親や教師が常に横についていないと、まともに前も向いていられない」といういまどきの手のかかる子ではなく、長期間をかけ、集中力、継続力をつけ、自発的に学習できる子に育てていきます。

    ■設置講座:新小1、2、5、6、中1、3高2。小6年英語。

    ■ベテランプロ講師による医学部東大京大など難関大学、超難関中学受験個人指導、少数限定募集。

    ****************

     高の原駅近くに寺子屋形式の教室を開きます。
     子どもたちが杉の床に座り無垢の一枚板に向かって,たのしみながら,のびのびと学ぶ教室です。

     大学,中学受験のベテランプロ講師が,進学中学高校によらず,東大京大国立医学部など難関大学を目標に,小学1年生から高校3年までの12年間を一貫指導します。

     小手先の受験テクニックの暗記ではなく,長期的視点で「読む」「書く」「聞く」「考える」の基本から丁寧に習得することで,余裕をもって受験も突破するという本来そうあるべき形で学習を進めていきます。

    ※詳しくはお問い合わせください。


    ****************
    石橋英樹 〔「数理」担当〕
    :専門 受験数学,物理学

    大学時代から20年以上を京都で過ごしてきました。

    大学での専攻は天文学。
    科学全般,思想,文学,文化人類学,社会学、映画論など,多くの分野に関心があります。

    超難関大学受験指導経験が20年以上あり、特に京大や国公立私立医学部には多数の生徒を送り込んできました。

    大人数相手の講義から個別指導まで各形式での指導経験豊富。
    大学受験生はもちろん,大学生,社会人,外国人留学生まで様々な指導経験があります。

    京大トップの学生から,全くの0の学力の学生まで,あらゆるレベルの生徒への指導経験多数。

    妻および小学制の娘、息子と暮らしています。

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