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    ジュリー

     ジュリーねたが一部盛り上がっているようですが,小学生たちにとっては,ミック・ジャガーとまでしなくても,たとえばフランク・シナトラでさえ区別がつかないでしょうね。
     二人の写真を並べてどちらがジュリーでシナトラか選ばせてみたときの正解率は興味深い。
     まったくランダムに選ぶという前提なら,半々に別れるはずですが,実際はそうはならないでしょう。

     「言語」の授業ネタでいかがでしょうか。小朝になる前の写真を使うならば,カールスモーキー石井あたりと比較する手もあるかも知れません。

     思えば親の世代というのはいまだ昭和の人々であるわけです。そしてもちろん子どもたちは平成生まれです。

     現在の親子問題の側面のひとつとして,実は昭和と平成の時代問題というのも含むのです。もちろん元号などは人為的に決めたものでそれほどの意味がないと考える人もいるでしょう。

     たしかに,さしたる意味はないのかも知れない。しかし「昭和」と「平成」の何というか「密度」の相違を感じないでしょうか。あるいは「湿度」の違いと言ってもいい。
     これは親と子の間の「湿度」の差となって,単なる世代問題に加えてお互いの理解を妨げている一因となっている可能性もある。

     当時,何かの「思想家」たちの対談で,いわゆる新人類たちに対して,「彼らの時代の歌というのは,ピンクレディなんですよ。年を取った時に,あんなものを懐かしく感じるんだろうか」といった発言があったのを思い出します。
     しかし実際に,「新人類」世代にとってやっぱり懐かしいことでしょう。
     その意味では「ピンクレディ」はやはり「湿度」の時代の歌手だったと思えます。

     ちなみに当時流行した「新人類」という語は,単に‘新しい気質をもった世代’というくらいの意味とは別の射程をもってつけられた言葉です。
     これもまた別の機会に触れてみましょう。

     昭和世代には,その当時の風景もその後の展開も記憶にあるはずです。たとえばバブルの絶頂とその崩壊がありました。それはちょうど今現在の光景ともかぶる部分もあり,一種の既視感がないでしょうか。

     バブルの絶頂期,人々は浮かれていました。おそらく当時はボディコン姿で連日夜の街に繰り出す生活を送っていながら,いまは親の立場になると,遊び歩いてはいけないと澄まして子どもに注意している自分の姿に矛盾を感じている人もいることでしょう。

     しかし人間はそう単純に鈍くはなりきれないわけです。あの当時も浮かれていた人ばかりではなかった。もしくは浮かれていながら,そこに虚しさや不安を感じている人も多かった。

     そしてバブルが崩壊し,一転,不況の中であの95年に向けて新興宗教に魅かれる若者たちも増えていきました。

     あのとき,それと並行して,東欧には次々に「革命」がおこり,ソ連が崩壊するという「信じられない」ことも現実化しました。つづいて湾岸戦争も発生し,国内でも野党と与党の政権交代も既にあのときに一度起きているわけです。


     再び不況期に突入した既視感の中で,前回の崩壊後と何が同様で何が決定的に違っているのか。

     いずれにせよ,これから「信じられないこと」が起きていくでしょうし,そこでは不安に取り入る誘惑も増えていくことでしょう。
     超越的な言葉による商売も流行するかも知れない。


     子どもたちはこれからそういう時代の中で成長していくわけです。


     そしてわたしたちは親御さんたちとともに,そういう環境の中で,子どもたちに向き合っていかなくてはならない。
     超越的な言葉による誘惑に,どのような対処の方法があるのかは,客人の時にもテーマのひとつとなりました。

     これは難しい設問です。
     大人の側の議論では,誘惑されてはいけないということは大前提で始めますが,わたしはそれはなかなか有効にはなりにくいのではないかと考えています。
     それではあちらに向かう子どもたちを止めることは難しい。

     そもそも子どもたちを止めなくてはならないのか。
     あちらに行くことはまずいのだと,そもそもなぜ自分たち自身がそう信じているのか。
     そこを経た言葉でなくては,なかなか力は持てないのではないか。 

     これは更に突っ込んで展開をしてみなくてはならない論点です。
     

     ところで考えてみれば,もうすぐ平成生まれの親たちが登場してくる。それをきいてぞっとする人もいるのではないでしょうか。
     彼らはすでに「ザ・ベストテン」も知りませんし,もちろんジュリーとシナトラの区別は不可能でしょう。

     昭和世代が退場局面に入っていく中で平成生まれの彼らが中核を占めていく時代に果たして,共通言語を持たないわれわれにどのような役回りが可能なのか。

     ‘厳しく説教・叱責し、「君たちのお母さん世代をクラクラさせた永遠の麗人である」ということを教えさとす’というのはたしかにひとつの手かも知れませんね。

     というわけで,「言語」の授業はますますはじけてください。


    数理言語教室 ば
     H.I.

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    theme : 雑記
    genre : その他

    サイクル

    3月5日開講してから3週目に突入します。
    言語の授業は、まだまだ慣らし運転といったところなのですが、生徒はそのうち、3冊のノートを自在に使いこなし、阿吽の呼吸でメニューを処理していくことでしょう。

    昨日は、わたしが授業をしている予備校の茶話会でした。
    わたしも少しだけ顔を出したのですが、入試の重圧から解放され、そして合格を果たしたた生徒の顔は生き生きと・・・


    と書きたいところですが、特に女子の諸君、なんという変わり果てた姿になっているのか。
    髪の毛が茶色になったりクリクリになったり、眼鏡ではなく沢田研二(古すぎるか・・・)みたくな色つきのコンタクトレンズになってたり。
    いまどきの子は・・・と思っているわたし自身がトシをとったのでありましょう。

    しかし、思い返してみれば、20年前のこの子たちと同い年だったわたしは「新人類」と呼ばれ、DCブランドのバーゲンに行き(昔は痩せてました、昔はユニクロ専門ではありませんでした)、ムッシュニコルのジャンプスーツを着て、六本木の「村さ来」や「養老の瀧」で飲んでいたのです。大バカ者でした。


    この子たちのほうがよっぽどまともです。


    茶話会で皆と写真を撮ってその画像を見てみると、明らかに老けているわたしの顔に愕然といたしました。
    大人げなく高校生相手に「もう1枚」を連発する始末でした。


    クリクリ髪の毛の女子は「資格を早速とりたいんです。」と言いました。
    茶髪の男子は「早く実験をしてみたい。」と言いました。


    この子たちのほうが、20年前のわたしより、よっぽど考えてます。


    おそらく、次に会う時には、また違う表情を見せてくれるのでしょう。今から楽しみです。


    数理言語教室 ば

    K.M

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    1週間

     さてあっという間に1週間がたってしまいました。

     この1週間,子どもたちはとても楽しんでくれました。こちらが予想した以上に,最初の日からすっかりここになじんでくれたのです。

     1週間を過ごしてみて,あらためて思うのは,やっぱり心地の良い場だということです。

     やわらかな木の床に座るということは,そしてこの無垢板の手触りというのは,心をやわらげます。
     小学生たちは,予想通り,間違ったーと叫んでは寝転び,できたーとはしゃいでは床をすべります。ひとやすみの時は,机にほおをすりあてて,なにやらうっとりなごんでいる様子。

     実は,わたしたちが多少案じていたこともありました。この「ば」では小学生たちも授業は1コマ90分です。それが2コマ続くこともあります。これは学校にくらべると,ずいぶん長く感じるかもしれません。特に小学校3年生にとっては,苦痛にならないかと心配だったのです。

     しかしそれはまったくの杞憂でした。

     彼らは,最初の日から90分でも,180分でも見事にやりきったのです。
     ここには大人数の学校や塾のように「逃げ場」はありません。常にわたしたちはひとりひとりに目配りをしているからです。
     先生と生徒が,管理する者と管理される者の関係性の中での場合は,これはなかなか辛い状況であることは想像していただけると思います。しかしわたしたちには,「管理」する気なんて,はなからありません。

     彼らを常に見ていながらあえて見ず,見ないでいながら見るという間合いで対しているからです。こういう場ではおのずとそういう向き合い方になるともいえます。
     彼らは床をすべり回ってもいい。奇声をあげてくれてもかまいません。一滑りし,叫んだ後は,また机にすーと戻ってきて一気に転換して次の問題に真剣に集中して取り組む。
     充実した場では,これが可能になるのです。
     そしてこういう雰囲気になれば,長時間を長い苦痛の時間とは感じなくなるのです。したがって集中力がもつわけです。

     これはそういう場を経験したことがある人でなくては,わからない感覚かも知れません。

     わたしたちは,ここをつくるにあたって,こういう雰囲気にどうやってもっていこうかと,それをなによりも優先して考えました。もしかすると,しばらく時間がかかるかも知れないと考えてもいたのです。
     しかし何ともあっさり,そのような雰囲気になりつつあります。

     これは,今回,わたしたちの考えに共鳴くださり,信頼もして預けてくださった親御さんたちの支えがあってこそのことだとほんとうに思います。
     皆さん,このような他にはなかなかないコンセプトの教室をのぞいてくださって,この教室に座っていただいてそれを感知していただいていたのでしょうか。

     小学生たちは,おそらく学校でならば,数日分(もしかすると1週間以上分)に相当するような分量のプリントを楽しげにこなして,帰っていきました。帰宅後には,ソファでそのまま熟睡してしまった子もいたそうです。きっと充実感があったと思います。

     もちろん,これからだれる時期もあることでしょう。あってもいいのです。わたしたちは意識的にあれこれ寄り道もさせます。そんなことをしながらも,わたしたちの芯がぶれなければ,やがてこういう密度の長時間も楽々と長期にわたってこなすようになることでしょう。そうすればあとは,おのずと力はついていくし,着実に成長していくのは間違いありません。


     それにしても,思ったのは,わたしたち自身も実にたのしかったということです。

     これはとても良いことにちがいない。 

     というわけで,明日からもまた新しい日々はつづきます。

    数理言語教室 ば
     H.I.

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    合格発表・授業

    国公立大学の前期試験の発表が続々と開いています。
    今年は、センター試験で壊滅的な成績だった生徒(N君)が、2次試験の小論文で大逆転し、見事合格するというドラマがありました。ここまでの逆転は私の経験の中でもはじめてのことです。

    N君の努力もさることながら、完全に萎えていたN君(予備校の浪人生科の申し込み手続きもする勢いでした)の気持ちを「あきらめるな!」と奮い立たせ、明るい雰囲気づくりをし、士気を鼓舞し続けた予備校スタッフの大ファインプレーです。

    N君はとても良い経験をしました。きっと立派な教師になることでしょう。


    5日の木曜日、記念すべき「ば」の1回目の授業をしました。
    「記念すべき」と書きましたが、先のブログにもあったとおり、式典も紅白饅頭も、はじめの挨拶も何もなく、いつのまにか授業が始まっていました。

    疲れたら皆で寝転び、頬杖をついてノートを見る。
    思い思いの体勢で、私の話を聞き、そして思い思いに発言する。

    いつの間にか90分が過ぎていました。

    ノートの最後には「明るく楽しく激しく一生けん命!!」と書いてもらいました。
    陳腐な言葉かもしれませんが、1年間、これで生徒たちと一緒に頑張ります。


    数理言語教室 ば

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    本日開講

     今日,「ば」は,いよいよ開講しました。

     わたしたちにふさわしく,派手な爆竹も花火もなく,とりたてて式典もせず,サッカーの練習帰りの子どもたちが,ごく自然に教室を訪れて,言語(国語)の授業をたっぷりと愉しんで帰りました。
     皆,実に明るく,活発な子たちばかりです。


     何も勉強は「必勝」の鉢巻き姿でする必要はありません。
     しかしいつか来る受験の日にはこの子たちは,決然とした表情で会場に向かうことでしょう。鉢巻きで飾りだてしなくても自ずと伝わる気持ちがそこには込められているはずです。

     実は,今日はさまざまなことが重なった日でもありました。国公立大学の今年の試験の結果もいよいよ出始めたのです。いろいろな報告が届きます。

     そのうちのひとりの学生からは嬉しい結果の報告がありました。
     彼女はついに医学部に合格しました。もう30歳手前です。いわゆる「再受験」でした。

     大学を卒業した後に,どうしても医師になりたいと一念発起して,25を過ぎてから受験勉強を始めたのですが,もちろんかなりの困難を伴いました。
     数年前に,彼女が最初の相談に来たときには,これから長い困難な道のりになることをわたしははっきりと告げました。

     国公立の医学部はその世代の現役のトップが狙うところです。彼らでさえ,かなりの割合で落ちてしまう学部を,すっかり受験勉強から遠ざかってほとんど記憶がなくなっている年代から再勉強して通るのは並大抵の努力では実現できません。

     しかしわたしには,彼女の前にも同様な状況で医学部に合格していった学生を何人か教えた経験がありました。したがって,その道の困難さもかなり正確に予想できましたし,しかし同時に不可能ではないことも実例を通して知っていたのです。

     実例があるというのは彼女にとって希望になるだろうとわたしは考えました。わたしには具体的な手助けはほとんどできないけれど,希望を告げて励ますことはできるだろうし,他にそれをできる者がいないなら,わたしの責務かとも思いました。

     今日,ついに受かるまでに彼女は何度も毎年,落ち続けてきたわけです。そのうちに資金面も苦しくなります。年齢も重ねてくる。同年代は次々と社会でそれなりの地位になっていく。結婚や出産をする友人も増えてきます。自習室は自分の生徒だと言ってもおかしくはない年齢の学生たちばかりである。そもそも自習室を確保することも難しい。
     そういった中で落ちてしまった時の彼女の絶望感はかなりのものだったはずです。
     今年で最後にすると決意して挑んだ昨年に,またも落ちた時には,あきらめかけたというより,一度ははっきりあきらめたこともありました。

     それでもわたしは必ずもう一度挑戦すると言い出すことを確信していました。

     むしろ「鉢巻きを外して」勝負をし始めたときこそ,ここからこそが勝負だと見なしていました。

     ほどなく彼女から,本当に最後の一年にするという前提での決意が告げられました。

     そこからの一年はたくましさも備わり,ある意味で一種のゆとりを感じさせるような状況でした。成績そのものは前年とはさして変わってはいませんでした。模試の判定もそれほど良いわけでもありません。
     しかしある地点を通過して,はっきりと「構え」が異なっていたのがわかりました。したがっていままでなら,しんどい場面ではすこしラクをすれば良いというアドヴァイスをしていたのですが,今年はあえてペースを上げるべきだと叱咤するように対応をかえました。いよいよ勝負をかける時だからです。

     最後の数ヶ月の彼女は見事でした。数年の経験をへて,どの時期にどのようにすれば良いかのペースを自分でつかんでおり,わたしはなにもする必要はありませんでした。そして今日,予想通り,合格したのです。
     自分の力でつかみ取った合格です。

     この困難の数年を乗り切った彼女の姿をわたしは一種の尊敬の念で眺めていました。

     自分の尊敬できる人物に出会えることは,たとえ生徒であっても実に嬉しいことです。

     そして,彼女は苦労を知っていますから,きっと他人の気持ちや弱さもわかる医師になることでしょう。


     前回,「印象」の中ですこし触れた,やりなおしがきく可能性があるとわたしが書いたことの背景には,このような生徒たちとの貴重な出会いがあります。彼らの尊敬に値する努力の姿の具体的な記憶があるわけです。
     
     逆にだからこそ,17や18の最初の受験で,更に一年の受験勉強に耐えられないということだけを理由にして浪人はしたくないといって,それまでの「志望」をあっさりとまったく異なるものに変えてしまう学生に対しては,ほんとうにそれでいいのかと問うてしまうのです。

     このような一種の「ドラマ」は今年もいくつもありました。ここ数日でも続くでしょう。
     機会があればまた追加していきます。
     
     そしてもちろん,これから次々とさまざまな「ドラマ」が生じることはまちがいのない,この「ば」の実況中継もお楽しみに。

     
    数理言語教室 ば
     H.I.
      

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    開講します

    今日も雨の中、生徒さん、保護者の方々に足をお運びいただきました。ありがとうございます。

    黒板もつきました。

    いよいよ、3月5日木曜日より、開講いたします。
    一度授業を体験してみたいという方には、当該学年の授業を実際に受けていただくこともできます。
    是非、ご連絡いただきたいと思います。


    ところで、ホームページにもありますが、この「ば」の科目構成は、「数理」「言語」「創造」の3つのカテゴリーに分かれます。そして、「創造」の保護者向け(大人向け)講座について、ただ今、鋭意企画をしております。

    特に、「洋酒の魅力」は個人的に是非早い時期にやりたい講座(実際に第一線で活躍中のプロのバーテンダーを講師に招きます)です。自分が飲みたいだけという周りからの声がチラホラ聞こえますが、いやいやどうして大真面目です。今までの洋酒観が一気に変わる珠玉の連続講座にしたいと考えています。

    と書いたところで急にハイボールが飲みたくなってきました。
    一杯飲んで寝ます。おやすみなさい。


    数理言語教室 ば

    K.M

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    印象

     すべての体験授業が昨日までにひととおり終了しました。受講していただいた皆様には御礼を申し上げます。

     生徒さんたちのおかげもあり,雰囲気はどれも明るく,活発なものでした。
     そして,わたしたちにとっても愉しい,心地よい時間となりました。

     他のいわゆる「塾」というものとは,根本的発想も雰囲気もずいぶんと異なる場ではありますが,とても気に入っていただけたようで,わたしたちも自分たちの信じた方向が間違いではなかったのだと改めて思うことができました。
     多くの親御さんにも,この教室に入っていただき,この床に座っていただきました。そして子どもたちが実際にどのような雰囲気で学ぶことができるのかを実感していただきました。
     こういう場所にこそ通わせたいと思うと賛同してくださる言葉を,ほんとうにありがたいと思いました。そして同時に,そのような想いも含めて子どもたちをお預かりする責任も感じました。

     とはいえ,しかし力を抜いて,ゆったりと構えて愉しみながらやっていこうと思います。おふざけもまじえるでしょう。わたしたちのいい加減な部分も時期に伝わることでしょう。営業抜きに,ほんとうに彼らのことを思いやっているかも含めて,いろいろな意味でごまかしはきかなくなる。長期を付き合うというのはそういうことです。

     もちろん,子どもたちの側も同様です。何度言っても,必ず決まって5分遅刻してくる子はいることでしょう。忘れてはいけないものリストそのものを平気で忘れて帰る子も出てきます。

     まあしかし,お互いに「欠点」を抱えながら,それでも充実した場はつくることはできるはずです。

     欠点や欠如は場の充実具合とは,比例などしないのですから。


     開講は来週からです。

     教室が一杯の人数になるまでは,募集を続けますので,どうぞお気軽にお問い合わせください。どうぞ一度この教室をのぞいてみてください。


     この数週間,多くの親御さんと話をさせていただきました。
     そこで特に印象に残ったことが,2つありました。

     1つ目は,みなさん,子どもたちのことを本当に真剣に思いやっているということ。
     そして2つ目は,だからこそどうしたら良いのかを迷いに迷っていらっしゃるということです。


     この場合,前提条件として,子育てはやり直しがきかないということがあります。しくじったと思っても,もう一度「過去にもどること」はできないのです。
    (実はその前提条件は外せる可能性はあります。どの時点からであれ,「やり直す」「再挑戦する」という手もあるからです。しかしこれについては別の機会に譲りましょう。)

      あるお母さんは言われました。しくじらないためには,「結局,わたしはどのように今から子どもをしつけていけば良いのか」と。
      もちろん,わたしたちにも確実な答えはありません。
     
     しかし確実にいえることもある。
     それは,たとえば百マスが流行れば百マスを。フィンランド式が流行ればフィンランド式で。といった発想では対処できない事態が必ずおとずれるということです。
     なぜなら,人間はそんなに単純ではないからです。

     
     まさに,この「人間はそんなに単純ではない」ということがポイントのひとつではないでしょうか。

     これが,わかっている場かそうでないか。

     これはかなり決定的な判断の材料になると思います。

     これについてもまたいつか先を書く機会があるでしょう。 
     
    数理言語教室 ば
     H.I.

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    プロフィール

    数理言語教室 ば

    Author:数理言語教室 ば
     「小学から高校までの12年教育」
    【小1から始めて、集中力、継続力、自発性ある子に】

    ****************

    ■子どもたちは樹の香りのする寺子屋風の教室で、無垢の木の机を囲み、床に座ってのびのびと学習します。

    ■大学受験予備校講師や中学受験指導経験豊富なプロ講師が難関大学突破水準を目指し、12年間をかけて、子ども自身に読ませ、書かせ、考えさせることを徹底するという本来そうあるべき方法で丁寧に指導し結果的に高水準の学力をつけていくことを目指します。

    ■「自分からなかなか始められず、始めても続かない」「親や教師が常に横についていないと、まともに前も向いていられない」といういまどきの手のかかる子ではなく、長期間をかけ、集中力、継続力をつけ、自発的に学習できる子に育てていきます。

    ■設置講座:新小1、2、5、6、中1、3高2。小6年英語。

    ■ベテランプロ講師による医学部東大京大など難関大学、超難関中学受験個人指導、少数限定募集。

    ****************

     高の原駅近くに寺子屋形式の教室を開きます。
     子どもたちが杉の床に座り無垢の一枚板に向かって,たのしみながら,のびのびと学ぶ教室です。

     大学,中学受験のベテランプロ講師が,進学中学高校によらず,東大京大国立医学部など難関大学を目標に,小学1年生から高校3年までの12年間を一貫指導します。

     小手先の受験テクニックの暗記ではなく,長期的視点で「読む」「書く」「聞く」「考える」の基本から丁寧に習得することで,余裕をもって受験も突破するという本来そうあるべき形で学習を進めていきます。

    ※詳しくはお問い合わせください。


    ****************
    石橋英樹 〔「数理」担当〕
    :専門 受験数学,物理学

    大学時代から20年以上を京都で過ごしてきました。

    大学での専攻は天文学。
    科学全般,思想,文学,文化人類学,社会学、映画論など,多くの分野に関心があります。

    超難関大学受験指導経験が20年以上あり、特に京大や国公立私立医学部には多数の生徒を送り込んできました。

    大人数相手の講義から個別指導まで各形式での指導経験豊富。
    大学受験生はもちろん,大学生,社会人,外国人留学生まで様々な指導経験があります。

    京大トップの学生から,全くの0の学力の学生まで,あらゆるレベルの生徒への指導経験多数。

    妻および小学制の娘、息子と暮らしています。

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