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    ロボライズはまたやってくる

     わたしたちの教室とロボライズの夏期共同企画である、「エッセンス・ダヴィンチ」の講座はおかげさまで3日間の日程を無事に終了しました。

     90分の授業を5コマ分、物理学の力学の入門という内容で行ったのですが、果たして小学生がこの本格的な内容で長い時間もつのかという懸念もありました。


     わたしは高校生を相手に物理学も長年教えてきました。
     したがって力学の最初の基本概念を導入するときの高校生たちの様子はよく知っています。

     このあたりの内容については、高校などで一般的に行われているような,教科書に沿って淡々と説明をしていくという導入の場合,ひと言でいえば「かったるい」という感じで受け止められる場合が多いのが実態です。
     かつて物理学を学校で習った人なら、記憶にあるのではないでしょうか。

     わたし自身は、学校で習った時にはそのような印象だったかもしれないが、こうとらえ直すと、実はとても統一的に見ることができて、ひじょうにわかりやすいし、わかるとたのしくなる。という授業展開でもっていきます。
     数式の見方、もしくは数式に隠された「意味」を伝えていくという手法をとるのですが、
     このような視点で捉え直していくと、地味に思える「力学」も実際にたのしいものになります。


     ただ小学生を相手となると、こういうわけにはなかなかいかないでしょう。
    では果たしてどのようにもっていくことが可能なのか。
     わたしにとっても興味津々の3日間でした。


     ロボライズ代表のT先生は,まずは子どもたちの将来の夢をきくところから始めます。
    da1.jpg
     子ども達は口々にサッカー選手や野球選手などと答えます。

     (いわゆる進学塾ならば十分考えられる「東大(有名大学)合格」はいません。他で実際にあった「老後の安定」とかは、笑い話にもならないさまざまな意味で現実社会を反映した例ですが、こういうこたえもありません。その意味では、彼らはごくまっとうで健全だといえるでしょうか。)

     T先生は続けます。みないろいろな夢をもっていて、とても良いことだね。だけど今日から3日間については、みんなには「科学者になる」という夢をもってもらうよ。そして科学者の卵として、まず自分で考え、設計し、組み立てるといった、いろんな実践をしてもらうからね。

     これがオープニングです。
     
     まずはそれぞれの設計で風車を作成しながら「なぜ科学を学ぶのか」
     ビー玉を転がしながら影響を及ぼすさまざまな要素を各自で考えて「力とは何か」
     教室の外に出て、スケボーを使いながら「作用反作用とは?」
     ガラスの上でドライアイス滑らせながら「摩擦について」

     鉄道模型も出ました。巨大なだるま落としで摩擦の向きも試しました。
     バイクのウイリーについても考えさせ、F1の話まで登場します。
     da2.jpg

     子どもたちの後姿を見てください。
     人はほんとうに興味があるときには、このような身の乗り出し方をするわけです。

     このようなお尻の突き出し方は、動物行動学的にはおそらく何か分析があるのだと思いますが、いわゆる普通の「教室」でこのような姿勢をとるのはなかなか難しい。
     高校生くらいになるとほとんど見られなくなりますね。
     (とはいえ、うちの教室では高校生でも時折やっていますが。)

    da3.jpg

     最後には、摩擦のほとんどない板の上でも進む車をモーターや模型タイヤを自由につかって自分達で組み立てます。二人一組で相談、協力をしながら作り上げ、皆の前で披露するという段取りです。

     てきとうに組み立てたのでは、滑ってしまって前に進みません。
     摩擦が適度にないと前進はできないのです。
     摩擦に関わる要素はいくつかありますが、たとえば重さもそれなりに与えなくてはならない。接地面積も重要になる。彼らは話し合いながら、パーツをまさぐっていきます。

     接地面積を大きくするには、普通のタイヤより、もっと広いもの。・・そうキャタピラなんかがいいにちがいない。もうちょっと重くするには、上になにかパーツを足してみようか・・・・
     各組で試行錯誤しながら、独立に思いついていく様はなかなか感動的です。
     T先生はにこにこと見ているだけで、ほとんど助言はしません。

     やがてめいめいの組で趣向を凝らした車は完成し、披露の時間です。

     皆なかなかうまく作っていました。もちろん出来具合はさまざまですが、それぞれの車は進んでいきます。子どもたちはなんとも満足げな表情でした。


     3日間を終えて、子どもたちからは「ぜひまたきてください!」「続きをぜったいにやって。」という感想が寄せられました。


     T先生も、今回の子ども達はとても活発で、質問にも思い切り手をあげてくれるし、反応もとてもよく実に楽しかったと言っていました。
     ぜひともまたやってみたいとのお話でした。


     こうなると、「第2弾」を企画しないわけにはいきません。

     どういう形や時期になるかは、これから検討しますが、次も必ずやたのしいものになるでしょう。

     どうぞご期待を。

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    ロボライズがやってきた

     先日、紹介したロボライズがいよいよ始まりました。

     今回はエッセンス・ダヴィンチの講座が3日間行われます。講師はロボライズ代表みずからが勤めるという豪華企画になります。

     ダヴィンチ風景

     これは、大阪の教室でのダヴィンチの授業光景ですが、まるで学者同士のやりとりのような手つき目つきですね。
     将来的な話でいえば、実際にロボライズの教室出身の優秀な学者や研究者は生まれることでしょうし、わたしたちの、ば からも、生まれてくることになるかも知れません。
     もう一枚アップしておきましょう。
    IMG_0884.jpg

     ばの教室の授業も大盛り上がりです。

     物理学の「力学入門」という内容なのですが、風車を作成してバッテリーで回転させることから始まり、スケボーにのって反作用をたしかめるという身体を使っての実感を中心とした、愉しいものになっています。今日もまた電車模型も登場し、ガラス板の上をドライアイスが滑っています。
     子どもたちは毎日、夢中で授業を受けています。

     その様子は明日以降にアップします。



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    無反応と母たち

     前回,無気力と無反応で触れた反応の薄い子どもたちは,もちろん言葉数も多くはありません。
     (子どもと言っても,実際には,中高生あたりの年代層にあたります。したがって,むしろ「青年」と呼ぶべきでしょうか。)

     これは,このブログの初期の頃にしゃべらない子どもたちでもひとつの例をあげました。
     同僚の誰にきいても,いまどきでは珍しくない光景だと言います。


     言葉を失った彼らが果たしてどのようにしてこれまでにやってこられたのか。

     あのときにも呈した疑問点です。誰しもが思うことでしょう。

     その答えについては,これも関係者ならば,ほぼ一致するでしょうが,基本的には母親の代行です。
     事務的な手続きも,授業予定や行事予定ひとつひとつの確認も,わたしたちへの問い合わせまで,母が代行(もはや代行とは呼べない?)するということが,珍しくはないわけです。

     これについて,わたしのこれまでの経験の範囲では,たとえば父親が代行しているという例はほとんどありませんでした。むしろ父親とは一度も顔を合わさないという場合も少なくはありません。


     これはもちろん,極端な例を意識的にあげています。
     この「無反応」な青年たちについても,それがいまどきの青年の大半というわけでは決してありません。むしろごく少数の例ではあります。
     しかし象徴的な例だとはいえると考えています。

     実は,無反応で無言とは言えないような,反応も豊富でおしゃべりな青年たちの場合でも,前述の母たちの代行の姿は,やはり珍しくはありません。


     たとえば高校生というような年代の子どもについてまでも,そのいちいちを代行してしまう母たちの姿は,客観的にはやはり「異様で」あると思えます。
     いまやそれがありふれた光景になりましたから,徐々に現場の誰もが慣れてしまっていますが,わたしにはずっと違和感が残っていました。


     しかし,わたしはここで母親たちの過保護の非難をぶちはじめるつもりではありません。

     たしかに母達がいまや自ら羽ばたこうとしている子どもの成長に自分の意識がついていけず,子離れがなかなかできないと思える場合も多い。
     子どもへの一種の「依存」となってしまっているケースです。
     これは実際に進路指導をする現場などにおいては,わたしたちにとってもなかなか厄介な問題でもあるのですが,このあたりの分析は(良質の)心理学に任せましょう。


     わたしがここで述べようとしているのは,その種の方面からの話しではありません。
     
     実は母親たち自身も,それなりの年齢の子どもにここまで手をかけざるをえない,自分が関わっていかなくては成り立たないという事態を望んでいるとは思えない。
     にもかかわらず,そうしなくては事実上わまらなくなってしまうという仕組みになってしまっているのではないかという視点です。


     わたしが違和感をいだくのは,何か構造的に仕組まれていることがらについての場合が多いのですが,この場合も同じようなニオイがします。

     このような母たちのふるまいは,何かあまりに典型的に揃いすぎた動きであり,一種の「教育」を感じてしまいます。

     それはどこでなされる「教育」なのでしょうか。

     わたしの学生であった年代の母たちについていえば,彼女たち自身が子どもであったり学生であったりしたときに,このような性質が皆に揃ってあったとはとても思えません。
     おそらくわたしと同世代か少し上の世代についても,事情はさして変わらないでしょう,
     したがって,親になったあとに身に付いた振る舞いだと思われます。

     ではどこなのか。

     それはもちろん,ご想像の通り,学校および受験システムを通してのものだと考えられます。
     まさに「教育」現場において、なわけです。
     一般的には,学校とは子どもたちへの教育の場だと考えられていますが,わたしははっきりと親の教育も担っている,かつ狙っていると考えています。

     その最大の場所は小学校であるとわたしはにらんでいますが,実はその前の幼稚園保育園段階からすでに周到に準備されて始まっているのだということが,自分の子育ての現場からも良くわかってきました。
     なるほど,こういう仕組みになっているのかということが日々実感されているわけです。

     なおかつ,そこに従事する、たいていは良心的な「教育者たち」は,やはりあまり意識的,自覚的ではないのだということは,大学の受験現場などと同様なのだということも見えてきています。

     だから彼ら自身も必ずしも居心地は良さそうではない。

     先生や職員がたもなにかどこかがおかしいと思いながら,政治のせいや,いまどきの社会のせいだという説明になんとなく同意しながら,同時にすっきりしないと感じている。


     さてそれでは,このような厄介な問題に,はたしてどのような切り込み方がありうるんでしょう。
     
     そんなに簡単には済まない話です。
     次回以降にまだまだ続きます。


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    無気力と無反応

     夏が過ぎゆきつつあります。

     しかしなかなかすっきりとはしない夏でしたね。
      
     天候不順はもちろん、地震もありましたし、インフルエンザの浸透も、ドラッグの騒動も、お互いが無関係なようなそうでないようなあいまいなタイミングで続いています。
     政治的にも、いよいよ迫る「変革」に向けて、しかし従来どおりの名前の単調な連呼合戦が始まることでしょう。

     それぞれについて、面白い論点や話題はあるのですが、また機会を見つけることにしましょう。

     いずれにしても、なんとも形容しがたい、このあいまいさ、不透明感。
     たしか以前にもこの空気感はあったような気もしますが、何かの変動が起きる前とはいつもこのようなものでしょうか。


     それでも小学生たちは元気です。各地に遊びに出かけてきた小学生たちは、それぞれの体験をうれしそうに報告してくれました。色も真っ黒です。

     一方で、中学生や高校生たちの世界文学読書の様子も伝わってきています。

     いつの日にか、キミの高1の夏はどんなことをして過ごしたかと問われて、そういえば、あのときはカラマーゾフを読破した、とこたえられるということ。あるいは、そのように記憶に刻まれるということ。
     それはどれほどの価値や中身をもつものであることでしょう。


     同じ問いに対して、「あの夏休みには、何とか式問題集を何ページから何ページまで(宿題だから)書き写した」とこたえることとの落差を考えてみてください。

     それは単純に2年後の受験の夏をにらんだとしても、実は前者のほうが「効果」もあることは間違いありません。
     宿題チェックを受けるからという姿勢で仕方なくやらされた数十問など、自分でその気になって始めたときには、1週間もあればこなせるわけです。


     もちろん、そんな「効果」を狙って読書をしているわけでも、させているわけでもありませんが。
     その意味でも、いまここは、稀有な場となっていると思います。



     ところで、わたしと、あしゅら男爵は、ば以外にも講習が続いています。

     最近はすっかり「まじめ」になってしまった受験生たちの前で、何時間も連続でしゃべり続ける毎日です。

     「まじめさ」というのが、最近の学生の特徴だと思います。
     これを意外だと思う、大人の方も多いでしょう。

     わたしの最初の教え子たちはそろそろ30代も後半あたりになろうとしています。
     子どもたちの親の世代もその年代か、さらにその下になってきました。したがって、この世代がどのような教育を受け、どのような学習をしてきたかを、おおよそのところは、具体的に知っているわけです。

     私の記憶からすると、このベビーブーム世代の方がずっと「不真面目」でした。「無気力」さや「だらけ具合」でも、この世代の方が上でした。
     競争が厳しかったはずですから、本来であれば、これは逆であるべきだとも思えます。
     しかしわたしの実感では、やはりそうでした。


     このあたりを象徴する記憶があります。授業に参加できない中学生たちが、机にあごをのせて、とろけた目で黒板を惚けたように見ている光景です。
     いかにもやる気のなさそうなこのような姿勢は、実は最近はあまり見られなくなってきました。

     わたしがそのことを思い出したのは、外国人たちを相手にしていた時です。

     わたしは、ここ数年、留学生たちを相手にも講義をするようになりました。彼らは優秀な人材もかなり多いですが、必ずしもやる気に満ちている者ばかりでもありません。
     彼らの中には、(特にランチの後の時間の)授業中にこの姿勢をとるものが見られるのです。

     それを見たときにわたしは、そういえば最近、日本の学生にはこの姿勢はすっかり減ってしまったと思ったのです。

     ではいまの学生たちはどうなのか。
     授業は「まじめ」にききます。欠席も少ない。あごも机についていません。

     しかし何とも「反応が薄い。」「無反応」である。
     これに尽きるのではないでしょうか。

     このあたりに思い当たると、「無気力」と「無反応」が違うのだということに気づきます。
     そして、「無気力」であるためにも、実はある程度の気力を要するのだということがわかります。
     さらにはこの「まじめさ」を本当にまじめと呼んでいいのかは,きわめて怪しいともいえる。
     このあたりには,皆既日食の時にも触れました。

     となると、「無気力」よりも「無反応」の方がより深刻であるともいえます。やる気スイッチでもテーマになった、やる気をいかに出すことができるかという課題も、それほど単純には考えることができないということが予想できます。「まじめ」に見えるからといって,安心できるわけではありません。

     そして,もちろん、そう単純に解決もできないでしょう。

     「うちにお任せあれ」というように「解決」をうたっている場所もあるようですが、その「解決」についても、もう少し詳細に丁寧にその実態をみていく必要がある。

     続きは次の機会に。 
     

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    プロフィール

    数理言語教室 ば

    Author:数理言語教室 ば
     「小学から高校までの12年教育」
    【小1から始めて、集中力、継続力、自発性ある子に】

    ****************

    ■子どもたちは樹の香りのする寺子屋風の教室で、無垢の木の机を囲み、床に座ってのびのびと学習します。

    ■大学受験予備校講師や中学受験指導経験豊富なプロ講師が難関大学突破水準を目指し、12年間をかけて、子ども自身に読ませ、書かせ、考えさせることを徹底するという本来そうあるべき方法で丁寧に指導し結果的に高水準の学力をつけていくことを目指します。

    ■「自分からなかなか始められず、始めても続かない」「親や教師が常に横についていないと、まともに前も向いていられない」といういまどきの手のかかる子ではなく、長期間をかけ、集中力、継続力をつけ、自発的に学習できる子に育てていきます。

    ■設置講座:新小1、2、5、6、中1、3高2。小6年英語。

    ■ベテランプロ講師による医学部東大京大など難関大学、超難関中学受験個人指導、少数限定募集。

    ****************

     高の原駅近くに寺子屋形式の教室を開きます。
     子どもたちが杉の床に座り無垢の一枚板に向かって,たのしみながら,のびのびと学ぶ教室です。

     大学,中学受験のベテランプロ講師が,進学中学高校によらず,東大京大国立医学部など難関大学を目標に,小学1年生から高校3年までの12年間を一貫指導します。

     小手先の受験テクニックの暗記ではなく,長期的視点で「読む」「書く」「聞く」「考える」の基本から丁寧に習得することで,余裕をもって受験も突破するという本来そうあるべき形で学習を進めていきます。

    ※詳しくはお問い合わせください。


    ****************
    石橋英樹 〔「数理」担当〕
    :専門 受験数学,物理学

    大学時代から20年以上を京都で過ごしてきました。

    大学での専攻は天文学。
    科学全般,思想,文学,文化人類学,社会学、映画論など,多くの分野に関心があります。

    超難関大学受験指導経験が20年以上あり、特に京大や国公立私立医学部には多数の生徒を送り込んできました。

    大人数相手の講義から個別指導まで各形式での指導経験豊富。
    大学受験生はもちろん,大学生,社会人,外国人留学生まで様々な指導経験があります。

    京大トップの学生から,全くの0の学力の学生まで,あらゆるレベルの生徒への指導経験多数。

    妻および小学制の娘、息子と暮らしています。

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