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    デルタ

     「お久しぶりです。」

     突然の電話。どこかききおぼえのある声の主は、20年以上前の教え子でした。もう30代後半の年齢になったと言います。


     このような「職業」を長くやっていると、「教え子」にあたる人数はかなりのものになります。そのすべてをおぼえていることはもはや不可能。特に大人数相手の講義形式の授業になると、教えているその時ですら、誰がきいているのかも把握はできません。

     しかし彼の場合は鮮明に記憶に残っていました。

     そもそもこの種の「職業」でやっていくつもりはまったくなかった私が、結果的にこのような形で現在の日々を過ごしているのは、彼らに関わった時期のあれこれの出来事や出会いによるのだと思います。



     彼を含めた数人とは中学高校浪人時代と5年以上に渡って付き合ったのですが、高校時代からバイクで爆音を響かせながら通ってくるようなかなり活発な連中で、腹の底からゲラゲラ笑い、たらふく食べた一時間後には腹が減ったとまた食べるというような、たくましい活気があふれていました。
     私もまだ若く、学校帰りの夕刻から教え始めて12時を過ぎるのは当たり前。むしろそのあたりから、さてそろそろ始めようかとうそぶきながら、実際に連日連日深夜まで膨大な量をこなしていました。



     当時の私が考えていたのは、こうやって教えることで自分はお金を頂いている。自分の時間や力をどこまで尽くせばそれに応えたことになるのか。もっとやらなくてはならないのでは?どこで「適度」な線引きができるのだろうか。

    (たとえば、何かの活動に共感して募金をする。しかし募金額はなぜその値なのか?自分はこれだけのお金を持っているのに、たとえば、100円や1,000円の金額に決める根拠はなんなのだろうか。
     考えてみれば、実に不思議な「決断」であるにも関わらず、何の疑問も迷いもなく、人々は気軽に募金額を決めている。
     
     労働においては、契約やその他でまだしもいろいろな「逃げ」は許されています。しかしそれがたとえばボランティアになれば?どこまでで自分は切り上げたらいいのか。「各自に応じた範囲で」とは一体どこまでを指すのか?)


     もちろん当時も最終的にはどこかの時点では切り上げていました。その種の無限倫理地獄に「苦悩」していたわけでもありません。ここで切り上げる理由をと問われれば、対外的に妥当な説明を準備することは、当時の私にも容易なことだったでしょう。
     ただ、とりあえずまずは、実際それなりにのめりこんでやってみた上での話ではないかと考えてのことでした。



     こんな一方的な理由の「のめりこみ」に彼らは実に明るく前向きに付き合ってくれました。

     (私自身にとっては、この時代ののめり込みの経験があるからこそ、そのことの効果や限界が見えるようになったとも言えます。それがいまの、この教室の考え方や構え方にも反映されてもいます。)

     彼らだって、部活でへとへとになってサボり心が出るような日もあったでしょう。しかし、そんな理由で来ないことを私は認めませんでした。無理矢理呼び出しされて顔を出した彼らは、かといってふて寝をするでもなく、惚けるわけでもなく、やっぱり大声でしゃべり、高らかに笑い、よく食べました。

     彼らはいわゆるベビーブーム世代にあたり、競争が激しかったということがあるのかどうか。いいか悪いかは別にして、こういう種類の生徒がいまやすっかり減ってしまったのは確実です。たとえ体育会系だろうと、たくましい肉体をしていようと、気遣いをしながら接してやらないと、あまりに繊細さが主成分になりすぎてしまっている。
     


     そんなたくましい集団の中にあって、彼はやや異質でした。奥行きある内面をもち、なかば読書中毒の青年。能力が高いにもかかわらず、これのために勉強時間が減って、成績が伸び悩む時期もありました。

     これまで私もいろいろな生徒に、もう少し読書をした方がいいのではと言ったことは多いですが、その逆は実に少ない。したがって、受験の年に読むことをしばらく絶つことが必要なのではないかと不本意ながら彼にアドヴァイスしたことはよく覚えています。
     彼は意識的に決断し、受験勉強に打ち込みました。その後、彼は東京の大学に進学しました。文学部。たしか演劇をやりたいと言っていたような。

     かならず興味深い人物になるだろうと考えていましたが、その後は私のあまりの多忙さもあり、話す機会もなく20年以上。そして今回の突然の電話だったわけです。


     彼は映画作家になっていました。かつ俳優に。


     映画「デルタ」

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     脚本家の一人。また俳優としても出演をしています。いまどきの大画面映画館ではまずお目にかかれない、この種の映画の試みは実に貴重です。関西での上映も決まった模様。
     12/5(日)には先行イベントがあります。
     
     http://www.delta-movie.com/html/event_.html#1205

     紹介文を一部引用しましょう。

    ************************************

    映画「デルタ 小川国夫原作オムニバス」作品概要
    文学作品の映画化が相次ぐ今、近代文学における“内向の世代”を代表する作家・小川国夫の作品をオムニバス映像化。
    創作の場として郷里・藤枝(静岡県)を選び、生涯そこを離れることなく独航の立場を取り、自作のテーマとスタイルを追求し続けた孤高の文士、小川国夫。その文体は、誇張でも主張でもなくただそこに在るもの・在る感覚を、感情や形容を極限まで抑制した言葉のみで簡潔に構成され、時に難解であるが、同時に読む者を深淵なる言葉の世界へと邂逅させる。またそこに描かれる物語は、戦中・戦後から現代への時代を背景としながら、自らの信仰とする聖書をモチーフにしたもの、大井川流域のフィクション、私小説的なものを多くの題材としている。

    その作品世界に共鳴する三人の映像作家が“短編映画”というアプローチで小川文学作品に迫り、オムニバス映画「デルタ」として新風を吹き込む。タイトルの「デルタ」には、三人の映像作家によって切り取られた三種の映像、三本の小さな支流が集まり大海へと続く河口に出来た三角州(=デルタ)を意味し、また小川国夫が愛し、数多くの小説の舞台ともなった静岡・大井川の河口の”三角州”へと通じていきたいという思いが込められている。

    インターネットや携帯電話などのコミュニケーションや情報が恒常化する現在。孤独と対峙し内なる声から真実を追い求めた小川国夫の諸作品を出発点とした本作は、“個”を取り戻し“今”に立ち返るためのツールとなり得るのではないか。

    各作品には、演出家・美術家の飴屋法水はじめ、今、各ジャンルで注目を集めているアーティストが多数集結。撮影は、小川国夫が生き、歩き、描いた土地、藤枝で行なわれた。そうした場に生身の肉体を手にした登場人物たちが、スクリーン世界に浮かび上がる・・・」

    ************************************

     この種の映画企画は、後に何度も繰り返されるわけではありません。いつかそのうちレンタルビデオ屋でというわけにもいかないかもしれません。
     
     貴重な機会。なんとか時間を見つけて、私もこの映像に接してこようと思います。
     

     ばへのリンク→数理言語教室 ば
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    数理言語教室 ば

    Author:数理言語教室 ば
     「小学から高校までの12年教育」
    【小1から始めて、集中力、継続力、自発性ある子に】

    ****************

    ■子どもたちは樹の香りのする寺子屋風の教室で、無垢の木の机を囲み、床に座ってのびのびと学習します。

    ■大学受験予備校講師や中学受験指導経験豊富なプロ講師が難関大学突破水準を目指し、12年間をかけて、子ども自身に読ませ、書かせ、考えさせることを徹底するという本来そうあるべき方法で丁寧に指導し結果的に高水準の学力をつけていくことを目指します。

    ■「自分からなかなか始められず、始めても続かない」「親や教師が常に横についていないと、まともに前も向いていられない」といういまどきの手のかかる子ではなく、長期間をかけ、集中力、継続力をつけ、自発的に学習できる子に育てていきます。

    ■設置講座:新小1、2、5、6、中1、3高2。小6年英語。

    ■ベテランプロ講師による医学部東大京大など難関大学、超難関中学受験個人指導、少数限定募集。

    ****************

     高の原駅近くに寺子屋形式の教室を開きます。
     子どもたちが杉の床に座り無垢の一枚板に向かって,たのしみながら,のびのびと学ぶ教室です。

     大学,中学受験のベテランプロ講師が,進学中学高校によらず,東大京大国立医学部など難関大学を目標に,小学1年生から高校3年までの12年間を一貫指導します。

     小手先の受験テクニックの暗記ではなく,長期的視点で「読む」「書く」「聞く」「考える」の基本から丁寧に習得することで,余裕をもって受験も突破するという本来そうあるべき形で学習を進めていきます。

    ※詳しくはお問い合わせください。


    ****************

    南野和俊〔代表「言語」担当〕
    :専門 受験国語

    難関中学,高校受験対策指導のベテラン。

    小学生の国語力を戦略的に着実につけていく指導で人気を博する。これまで関西の有名難関中学に数多くの教え子たちがいます。
    一方で大学受験生の指導も長く,多い。

    東京の超難関有名中高校を卒業後,大学では法学を専攻し,有名銀行での社会人の経験もあります。

    カメラから鉄道まで博覧強記。洋酒をこよなく愛し,パイプのコレクターでもあり,アメリカやイタリアのパイプ作家たちとも親交があります。

    石橋英樹 〔「数理」担当〕
    :専門 受験数学,物理学

    大学時代から20年以上を京都で過ごしてきました。

    大学での専攻は天文学。
    科学全般,思想,文学,文化人類学,社会学、映画論など,多くの分野に関心があります。

    超難関大学受験指導経験が20年以上あり、特に京大や国公立私立医学部には多数の生徒を送り込んできました。

    大人数相手の講義から個別指導まで各形式での指導経験豊富。
    大学受験生はもちろん,大学生,社会人,外国人留学生まで様々な指導経験があります。

    京大トップの学生から,全くの0の学力の学生まで,あらゆるレベルの生徒への指導経験多数。

    妻およびまだ幼い娘、息子、そして猫と暮らしています。

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