08
    1
    2
    3
    4
    5
    6
    7
    8
    9
    10
    11
    12
    13
    14
    15
    16
    17
    18
    19
    20
    21
    22
    23
    24
    25
    26
    27
    28
    29
    30
    31
       

    スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    なんで計算なんか、せなあかんの!?

    数日前のこと。
    小学生たち、たっぷりと計算練習。


    時間が積み重なったところで、突然、一人の子が頭に手をやって、大声をあげる。


    ああーーー!なんで計算なんか、せなあかんの!?計算機使ったらエエことやん!!


    みな、一瞬、静まって、それから苦笑。


    いつものおちゃらけで、煮詰まった場をほぐしてくれる貴重な存在。


    (その文脈がわかっているので、)私は、一瞬、迷ったけれど、


    まさに!


    そこはとても大事だと思う。


    と、正面から受けた。



    この先、彼らが、社会に出た時に、たとえ理系の現場だとしても、このような「計算」(およびそれに類したこと)は機械の役目になるだろう(あるいはすでになっている)こと。

    したがって計算スキルを鍛えるということが単独で、どれほどの意味をもつのかは、十分に考えなくてはならないこと。


    とはいえ、社会に出るまでに、通過する、(数年後の)受験においては、このスキルをもたないとやはり不利になるだろうこと。


    その意味では、教育が社会の進展に対応するのは、いつも遅くなること。


    現状はそのようになっていないという「リスク」を考慮して、いまは従っておくという選択と、教育の対応なんか待たずに自分は先に進むという選択と、二つが考えられる。


    後者の選択をするとして、それはそれで、つきあうよ。


    彼は目を丸くして、照れ笑いを浮かべ、ふたたび計算練習を始めた。



    まあ、また少し自分なりに、考えたり、感じたりしてみるといいよ。


    **************************************************************************

    実は、ちょっとくいさがってきたなら、その次の話もしようかと思っていた。


    上記の場面において、選択肢は事実上2つではない。


    彼がすみやかに計算練習に戻ったように、実際に選べるのは、ひとつになってしまう。

    もう一方を選ぶと言うことは、レールを大きく外れることを意味するように見えるし、その方向で進む(もしくは進むことそのものをやめる)のは相応の覚悟や、パワーが必要になる。


    となると、後者を選ぶほどの「度胸」がなければ、おとなしく前者のレールで。という結論になってしまうのも無理はない。


    しかし、これは、教師たち(あるいは、大人たち)の巧妙な理屈や誘導だと私は思っている。(しかも教師本人たちも大半はそのことを意識していない。)

    ならば、誰もがそんなものに付き合う必要はないはず。



    でもじゃあどうするか。


    こういう時は、この種の2択の平面そのものから抜け出すのが重要。


    たとえば、「計算」ということでいうなら、忠実に「計算」練習をするか、放棄するかではなく、「計算」そのものを徹底すること、あるいは没入することを通じて、本質的な能力や認知の仕方のようなものまで高めるという方向があるはず。

    (おまけにその状態になると、そのこと自体が楽しくて仕方がなくなったり、そこから大きな充実感を得たりすることもできる。)

    それは何とか式計算ドリルで要領をひたすら習得して、といった、取り組み方では得られない種類のもの。


    私自身は、このあたりを抽象的に想像しているのではなく、常に具体的な姿を思い浮かべている。


    これだけの数の青年たちを教えてくると、ある種の「覚醒」をする現場にこれまで数多く立ち会うことができた。


    受験時期を迎え、「無為」にも思える受験勉強をしていく中でも、ある仕上がりをしてくる少数の青年たちがいた。


    彼らは、たかが入試問題にも関わらず、たとえば、それが計算問題であったとしても、その取り組み方、向き合い方を含めて、そこに没入することで、何か認知能力というか、総合力というようなものが異様に高まってくる瞬間があったりする。

    その結果、普通では思いつかないような着想を易々と得たり、長大な計算を最後まで見事にやりきったり、思考スピードがタタッタンッという感じでもはやこちらが追いつけないほど俊敏になることも珍しくなかった。


    面白かったのは、この状態になった彼らは、単純に受験内容だけではなく、その他のことまで考えたり感じたりできるようになっていくことだった。

    たとえば、突然、受験直前に受験とはまったく無関係なあらゆるジャンルの書物を読みあさり始めたり、大学テキストを手に入れてきて先取りの独学をし出すということもあった。そういえば、僕は相対論を超える理論を見つけました、といって論文を突然、書いてきた青年もいたなあ。


    見ていると、彼らは頭の中でいろいろ「スパーク」が始まっている、という感じだった。その快感を知ったというか。認知のあふれ出しや急速な広がりがうれしくて仕方ないというか。


    この状態になると質問の鋭さも、水準が変わってくる。


    この段階に至ったものだけができるという種類の質問があって、その種の問いかけをするようになってくると、私としては、あとはどうなろうと、受験の結果は勝手についてくるな、と判断していたし、正直言えば、こうなると受かろうが受かるまいがどっちだっていいとも思っていた。

    この水準になれば、彼の能力を発揮できる場はたくさんあるだろうから。(とはいえ、たいていみんな受かってしまうが。)



    ここで元の少年の問いに戻る。



     おそらく「計算」ということ以外でも、このような地点に至ることは可能。私が「計算」や「受験」を通しての例を多く知っているのは、たまたまそういう関係の職業であるからにすぎないだろう。

     となると、もしも目指すのがここならば、やはり、「計算」練習でなくともいいのだと思う。逆に言えば、「計算」を通してであってもここへ至ることは可能だともいえる。

    そして、その文脈のもとでなら、仮に計算機に代用できることであっても、あらためて「計算」(に象徴される取り組み)に向かうというのも無価値とは限らないのではないか。


     あそこを意識しながらの積み重ねであれば、いまここでそれに向かう価値も十分にあるというもの。


     そういう観点から考えると、文脈を設定する者(指導者や親)には、このあたりを意識する視点はきわめて重要なのではないか。

     と、神妙に計算練習を始めた少年をながめながら、あらためて考える夕刻だった。



    ばへのリンク→数理言語教室 ば

    スポンサーサイト
    Secret

    カテゴリ

    最新記事

    プロフィール

    数理言語教室 ば

    Author:数理言語教室 ば
     「小学から高校までの12年教育」
    【小1から始めて、集中力、継続力、自発性ある子に】

    ****************

    ■子どもたちは樹の香りのする寺子屋風の教室で、無垢の木の机を囲み、床に座ってのびのびと学習します。

    ■大学受験予備校講師や中学受験指導経験豊富なプロ講師が難関大学突破水準を目指し、12年間をかけて、子ども自身に読ませ、書かせ、考えさせることを徹底するという本来そうあるべき方法で丁寧に指導し結果的に高水準の学力をつけていくことを目指します。

    ■「自分からなかなか始められず、始めても続かない」「親や教師が常に横についていないと、まともに前も向いていられない」といういまどきの手のかかる子ではなく、長期間をかけ、集中力、継続力をつけ、自発的に学習できる子に育てていきます。

    ■設置講座:新小1、2、5、6、中1、3高2。小6年英語。

    ■ベテランプロ講師による医学部東大京大など難関大学、超難関中学受験個人指導、少数限定募集。

    ****************

     高の原駅近くに寺子屋形式の教室を開きます。
     子どもたちが杉の床に座り無垢の一枚板に向かって,たのしみながら,のびのびと学ぶ教室です。

     大学,中学受験のベテランプロ講師が,進学中学高校によらず,東大京大国立医学部など難関大学を目標に,小学1年生から高校3年までの12年間を一貫指導します。

     小手先の受験テクニックの暗記ではなく,長期的視点で「読む」「書く」「聞く」「考える」の基本から丁寧に習得することで,余裕をもって受験も突破するという本来そうあるべき形で学習を進めていきます。

    ※詳しくはお問い合わせください。


    ****************
    石橋英樹 〔「数理」担当〕
    :専門 受験数学,物理学

    大学時代から20年以上を京都で過ごしてきました。

    大学での専攻は天文学。
    科学全般,思想,文学,文化人類学,社会学、映画論など,多くの分野に関心があります。

    超難関大学受験指導経験が20年以上あり、特に京大や国公立私立医学部には多数の生徒を送り込んできました。

    大人数相手の講義から個別指導まで各形式での指導経験豊富。
    大学受験生はもちろん,大学生,社会人,外国人留学生まで様々な指導経験があります。

    京大トップの学生から,全くの0の学力の学生まで,あらゆるレベルの生徒への指導経験多数。

    妻および小学制の娘、息子と暮らしています。

    月別アーカイブ

    リンク

    最新コメント

    日本文学100選

    Twitter on FC2

    RSSリンクの表示

    Twitter on FC2

    淡々と百人一首

      メールフォーム

      名前:
      メール:
      件名:
      本文:

      QRコード

      QR

      フリーエリア

      上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。